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RPGの世界に迷い込んだけど何をすればいいか分からずとりあえず別れ道にボスっぽく立っているシカ

目が覚めると異世界にいた。

という文章から始まる物語に僕はあまり心惹かれない。
だってなんかありきたりだし、ご都合主義な感じがする。


と思っていた過去の僕、謝罪してくれ。
社会人になって習得した、直角のお辞儀ととも繰り出される大人の最上級のお詫びスキルで頼む。
誰相手に謝ればいいか分からないがとにかく謝れ。
なぜなら僕は今、目が覚めて異世界にいるからだ。
昨日までの僕は普通に会社に行き、普通に働いて、普通に終電に飛び乗って帰宅して、普通に社畜していた。はずだ。

なぜ僕が、この非現実的な出来事に混乱しつつも異世界だと断言できるか。答えは簡単だ。
目の前には、苔むした石の壁と通路が広がり、生き物の雄叫びや重たいものが移動するような地響きが遠くから聞こえてくる。
土やじめっとした空気特有の匂いもする。
そして極め付けは僕の真後ろに宝箱が鎮座している。
僕の数少ないゲームの知識から言っても、これはRPGのダンジョンだ。
ちなみに宝箱には鍵が掛かっているようだった。

冷静になれと自分に言い聞かせつつ、これからどうするか考える。
まずは装備の確認だ。

服装:ワイシャツとネクタイ、スラックス
持ち物:社用携帯(圏外)

絶望した。
会社では「その他大勢」という最大防御の服装も、この地では僕を何者からも守ってくれそうにない。
しかも、唯一の持ち物が財布ではなく、私用のスマートフォンでもなく、社用のガラパゴス携帯。しかも圏外。
連絡取れない場所にいたら部長に怒られ・・・じゃなくて、圏外の携帯などただの荷物だ。

いやいや、絶望するのはまだ早い。
こういう物語の場合、特殊なステータスを手に入れているはずだ。
試してみる。

宙に手をかざして何か起これと念じてみる。
→何も起こらない。
ゲームや漫画で覚えた呪文を唱えてみる。
→何も起こらない。
ピカピカに磨かれた通路に自分の顔を写してみる。
→何も起こっていない。
石の壁を登るべくしがみついてみる。
→地面から足を離した途端、腕の筋力では重力に耐えきれず落下した。

絶望した。
何も変わっていない。
つまり、僕はただ目が覚めたら異世界にいただけだ。

広い通路の真ん中に立って、腕組みして考える。
見えるのは別れ道。
背後には開かない宝箱。
装備、ポンコツ。
特殊能力、なし。
前方後方至るところからやばそうな雄叫びが聞こえて来る。
ここから導き出される結論は、「どうすることもできない」だ。
ちょっと、いや、だいぶ泣いていると、複数の人間の声が聞こえてきた。

「だいぶ登ってきたな。」
「そろそろ中層階ってとこか。」
「次の部屋あたりで休憩するぞ。」

天の助けだ。
行く宛はないけれど、まずはこのやばい場所から連れ出してもらおう。
入り口に差し掛かった彼らと目が合う。
鍛えられていると分かる体に、よく手入れされているように見える装備を身につけた彼らは、30代半ばから40代後半ほどの熟練を感じさせる男性3人組だった。

声を掛けようとした瞬間、向こうが臨戦態勢に入る。

「・・・休憩はあいつ倒してからだなあ。」
「ま、ま、待ってください!」

助けてもらうどころか退治されるところである。
変な服の(僕からしたらそっちの方が変だけど)、明らかに歳下の(しかも中層階にいる割にはめちゃくちゃに弱そうな)、男が泣きながら情けなく叫ぶのを聞いて、彼らはナンダコレという顔をした。
かくかくしかじかなんですと事情を説明する。
この時点で僕の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「信じられねえなあ。」
「まあでも、ダンジョンは不思議なことしか起きねえし、可能性が全くないとは言い切れないか。」
「で、兄ちゃんこれからどうすんの?」
「どりあえず、ごごがら出たいでず。」

ズビズビと鼻を啜りながら必死に訴える。
いい大人がしゃくりあげる様子を気の毒に思ったのか、引いたのか、彼らは優しく提案してくれた。

「兄ちゃん、死なない程度には戦える?」
「え?」
「俺ら、ここ踏破したら帰るから連れてってやる。けど、守ってやれる保証はないからよ。」
「ダンジョンは踏破すると入り口に戻るワープホールができるから、俺らはここには戻ってこねえ。自分のことを守れるくらいには戦えるってなら連れてってやるよ。な?」

だからもう泣くな、武器は貸してやると言ってもらったのでシミュレーションしてみる。

あ、武器を振りかざす前にモンスターにやられた。
あ、自らおじさんの弓の射程に入り込んだ。
あ、自分の武器を間違って刺した。

ここまで5秒。とんだ未来しか思い浮かばない。
「ごごにのごりまず・・・。」
沈黙して何か考えていたかと思ったら、また号泣し始めた僕を見て悟ったのか、おじさんたちは可哀想なものを見る目で僕を生温かく見つめ、そして慰めるように肩を叩いた。
せめてこれでも食えとナッツと干し肉を分けてくれる。
心優しいおじさんたちに、お礼をと思い、開かないけれど宝箱の存在を教える。

「宝箱あんのか。ラッキー。」
そういうと、おじさんがバーンという効果音とともに宝箱を開けて中を漁っている。
・・・宝箱、開いた。
宝箱が開かなかったのは鍵が掛かっていたからではなく、単に僕の筋力不足だったと突きつけられ、泣きっ面に蜂ってこう言うことを言うんだなあとしみじみと思った。

兄ちゃん気をつけろよと最後まで僕の身を案じてくれた気のいいおじさんたちを見送って、僕はまたえぐえぐと泣いた。
泣きながらおじさんたちにもらった食糧を食べ、とうとう泣き疲れ果てて虚空を見つめ始めた頃、また声が聞こえてきた。

「疲れた〜。」
「ここまで来れたの最高記録じゃね?」
「案外、このダンジョン深いよな。」
「今日は帰ったら祝杯だね!」
「でもそろそろ中ボスあたり来そうじゃない?」
「そしたら気合入れて戦って帰ろうぜ!」

金属や動物の皮らしきもので作られた服を身に纏う彼らは、僕とあまり歳の変わらなさそうな若い男性と女性の4人組だった。
目が合ってお互い固まる。

「ま、ま、待ってください!僕は敵じゃありません!!」

おじさんたちとの邂逅の反省を活かし、先に宣言する。

「えっと・・・、じゃあ通ってもいいんですか?」
リーダーらしき男の子に遠慮がちに聞かれる。
「どうぞどうぞ!!!お好きな方に!」
オモッテタノトチガウ・・・という雰囲気の彼らになぜかちょっと傷ついた心を無視して、彼らが行ってしまう前に続ける。

「僕も連れてってくれませんか?」

声に出ないだけで、こいつなに言ってんの?と顔に書いてあることには気がつかないふりをして再度言う。

「僕、ここから出たいんです。連れてってください!」

そしてスライディング土下座をかます。
これは昔、彼女に振られそうになった時に編み出した最上級の懇願スキルである。
ちなみに、彼女にはドン引きした目で見られたのち、振られた。

あの時の彼女と同じ目で僕を見る4人組を見て僕は悟った。

「・・・無理なお願いですみません。どうぞ僕のことは気にせずお通りください。」

「いや、通りにくいわ!」

間髪入れないツッコミに瞬きする。
彼らは小さな声で会議を始めた。

「どうする?」
「でもなんか変だよあの人。」
「変だけど、たぶん弱いし、ここに置いてったら最悪やられちゃうよ?」
「でも変だよ?」
「変だけど、なんかやらかされてもあの人だったら俺らが勝てるじゃん。そろそろ帰ろうかなってところだったし、連れてってあげる?」
「変だけど、置いてって、次に来たときにやられてたら後味悪いもんねえ。」
「変だけど、なんか可哀想だしね。」

全部聞こえていたけれど、だいぶ何かが抉られたけれど、それでもいい。
連れてってくれるなら。

「お兄さん、俺たちもう帰るから一緒に行く?」
「いいんでずが?」

彼らは、安心して号泣し始めた僕を憐れなものを見る目で見つめながら、慰めるように背中に手を添えてくれた。

そして、喜んで歩き始めたとき、ピカピカの通路に写る僕がぐにゃりと歪んだ。
そしてぐらりと視界が傾いたかと思った次の瞬間、僕は目が覚めて自室のベッドの上にいて、重たい瞼を擦りながら、やっぱり「目が覚めると」から始まる物語は、僕はあまり好きじゃないなあと思った。





この物語は、ミムコさんの妄想レビュー企画に参加するものです。
ひとつ別の物語も書いて満足していたのですが、ミムコさんの新しい妄想レビューと短いシカさんの画像が面白すぎて、書かずにはいられませんでした。