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青春に香る

長くなったはずの陽がすっかり傾き,それでも最後の意地のように景色をオレンジに染めている。


まだ眩しい陽光に目を細めながら,練習を終えて緩んだ空気を醸しながらわいわいと部室に戻って行く部員たちからビブスを回収する。

汗を吸って重くなったそれを入れたカゴを抱え,手伝いましょうかという後輩の申し出を疲れてるだろうからと断って,私は部室の片隅に設置された洗濯機の元へと歩き出した。

年季を感じさせるその家電製品は砂埃で薄汚れ,使用のたびに限界を訴えるように大きな音を立てながらガタガタと揺れるけれど,誰が最後の使用者になってもおかしくはないねと他の部活のマネージャーたちと話してから1年以上しぶとく生き延びてくれている。


洗濯物と洗剤を放り込み,もう少し頑張ってと蓋の縁を指先で撫でてスイッチを押す。

洗濯が終わる頃には陽は落ちきってしまうだろうが,この気温ならば明日にはきちんと乾くだろう。

今日もなんとか洗濯機が動き始めたことを確認して,洗濯が終わる前に先に着替えてきてしまおうと考えていると背後からローファーが土を踏む音が鳴った。

振り返ると回収したはずのビブスが差し出される。


「お疲れ。ごめん,これ渡すの忘れてたんだけど間に合う?」


「お疲れさまです。まだ間に合いますよ。」


「それならよかった。」


ビブスを受け取り,水音を立て始めたばかりの洗濯機に放り込み,それでもまだ動こうとしない先輩に首を傾げてみせるとその口が動いた。


「もうすぐ最後の大会じゃん?」


「そうですね。」


「それが終わったらさ。」


「はい。」


少し口籠るように沈黙して覚悟を決めたように紡がれた小さな声に私は眉を下げた。

ごめんなさいと言うと,先輩は悲しそうな顔をして首を振った。



「洗濯機が五月蝿くて聞こえませんでした。」



もう一回お願いしますと私が言うと,目の前の人は今度は目を見開いて固まり何かを迷うように口を開閉させる。

少し目を泳がせてから再度私と目を合わせた先輩は,私に一歩近づいて,西日のせいか先ほど終わったばかりの部活のせいか少し赤く見える頬を掻きながら,本格的に動き始めた洗濯機の音に負けないように先ほどよりも声を張って言う。


「最後の大会が終わったら,夏祭りがあるらしいから一緒に行こうよ。」



制服に着替えたばかりの先輩からは,いつもの制汗剤の香りがふわりと漂う。

他の部員たちと同じはずのその香りも,あなたのものならば私にとっては特別なのだとその日には勇気を持って伝えられるだろうか。


憧れの先輩とふたり,頬を染めた私の青春の記憶は汗とマリンと洗剤の香り。




こちらは、楽しくも素敵なxuさん、riraさん共同企画に参加させていただくものです。