月の缶詰 スピンオフ1
憧れと現実の上弦と満月の狭間
まだ月の声が少年と大人の間だった頃のこと。
「なあなあ。人は月を見る行事があるんやろ?」
半月をちょっと通り過ぎた月が興味津々に聞いてきた。
「お月見のこと?」
「チュウシュウのメイゲツってやつ。」
「あ、今の意味わからず言ったでしょ。カタカナに聞こえた。」
「気のせいやない?」
「真ん中の中に秋で中秋。有名な月で、名月ね。」
「・・・僕らからしたらいつも名月やもん。そんなん知らん。」
楽しそうだった声がいじけた。
それでもすぐに気を取り直したように続ける。
拗ねたい気持ちも好奇心には勝てなかったらしい。
「そんなことよりな、月見にはお団子作るって聞いたことがあるんよ。」
「あー。そういう風習もあるねえ。」
「僕、それ見てみたい。なんか台に乗っかっとるやつ。」
「絵本とかに載ってるやつね。」
「美晴。僕な、見てみたいんよ。」
「風情があって憧れるよねえ。」
「美晴。」
「・・・いやだよ。月見団子なんて作ったことも買ったこともないし、1人じゃ持て余しそうじゃん。台もないしさ。」
「台はあると思うんよ。ここ、美晴のおじいちゃん、おばあちゃん家やろ?旧いお家にはそういうのありそうやん。」
中秋の名月は知らないくせに、「旧い家には古い物が捨てられずに保管されていがち」という人間の慣習にはやけに詳しい。
私はため息をついて物置に向かった。
「あった・・・。」
物置を少し探したら見つかってしまったそれは、名称を三方というらしい。
見つけてしまったからには期待に応えて団子も用意するしかない。
しょうがないねという私に月が大喜びしている。
そんな月を尻目に私は団子の作り方を検索し始めた。
「そもそもあの団子って何でできてるんだろう。甘いの?」
家にある材料で、手間なく簡単に作れるものだといい。
「げっ。あの白い団子、味ついてないんだ・・・。しかも、あの台に積むほど作ろうと思ったら結構な量になるよね。」
やっぱり1人じゃ食べきれないと小さく呟いて、うーんと唸る。
なんとかならないかと調べていたら大変都合のい・・・じゃなくて、月見の歴史を知ることのできる良い記事を見つけた。
「コレだ!」
見つかったばかりの三方の上で嬉しそうに転がる月に心の中で手を合わせて、私は初めての月見団子の方針を固めた。
いざ、お月見決行の夜。
月と並んで縁側に腰掛ける。
「そういえば月見って意識してやったことないかも。」
ふと呟くと月がプンプンと怒り始めた。
「裏切りや!花見はするくせに!」
「確かに花見はする。桜の下で食べるご飯が美味しいからねえ。」
「月の下やって美味しいやん!」
「美味しいと思うけど、月見の時間にはもう晩ご飯食べちゃってるイメージなんだよねえ。」
とうとうショックで静かになった月を見かねてフォローすると、声が明るくなった。
「でもさ、花見はどっちかっていうとご飯が主役だよ?」
「それ知っとる。花より団子ってやつや。花見には風情が足りんな。」
「自分だって月より団子のくせに。」
「そんなんもういいけん。美晴、早よ団子!」
「はいはい。」
よっこらしょと立ち上がり台所に向かう。
「その掛け声、おばさんみたい。」
自分でもちょっと思っただけに突き刺さる。
「・・・そういうこと言うならもう持ってこない。」
「うそうそうそ!!美晴は若いお姉さんやん。美晴が言うたらよっこらしょもかわいいよ。」
「調子いいんだから。」
用意した三方を背中に隠して縁側に戻る。
「もったいぶらんと早よ見せてよ。」
「じゃーん!!」
勢いよく差し出す。
「・・・え?」
「ほら、見たがってた月見団子だよ?」
「思てたのとなんか違うような気がするんやけど。」
「そう?私が調べる限り、これが古式ゆかしき月見団子よ?」
「それ白くないやん。ていうか、団子ですらないやん!そんなん月見団子やないもん!」
珍しく大きな声を出す月の前に私が差し出したのは、三方にきちんと積んだ、皮付き土付きの里芋だった。
「芋やん!団子は?」
「いや、調べたら中秋の名月ってね、収穫のお祝いと感謝をするものらしくて、芋名月ともいうらしいの。もともとは団子じゃなくて芋を供えるものだったんだって。」
「詐欺やん。」
「なんでよ。1番正しい月見でしょうが。」
「どっからどう見てもめっちゃ芋やなあ・・・。」
興奮が冷めてとうとうしょんぼりした月がさすがにだんだん可哀想になってきた。
私の方も騙したみたいになったという後ろめたさはあったので、用意していた小皿をそっと差し出す。
「これもどうぞ。」
「お団子や!」
「山盛りに作ったら食べきれないからこれで許して。」
小さな白い団子を3つばかり盛った小皿を見て、月の声が明るくなった。
これが月見団子かーと感慨深げに漏らしながら、団子の周りをコロコロ転がってはしゃいでいる。
あのくらいの量だったらきな粉と砂糖があればおやつとして食べ切れるだろう。
さてそろそろ中に入りますかと立ち上がると月がいつもの柔らかい声で言った。
「美晴、ありがとうな。」
「どういたしまして。」
「でも芋はないわ。」
「ちょっと。ほんとはジャガイモの方が使い勝手がよかったのに、わざわざ里芋にしてあげたんだから感謝してよ。」
「やっぱり風情がないことない?」
里芋は皮を剥くのが面倒だと零しつつ、煮っ転がしにして、後日、美味しくいただいた。
月が空に帰ってから何度目かの満月の日。
あの時と同じように縁側に座って、見慣れた形に欠けた月を眺める。
「しょうがないから、ちゃんと帰ってきたら、三方に盛った月見団子作ってあげるね。」
元のお話はこちらからどうぞ。