見出し画像

月の缶詰 スピンオフ2

思いもよらぬ下弦

「あの、すみません。」
「ん?」

近くで声が聞こえたような気がしたのに、周囲にはいつもと変わらぬ光景が広がるだけだ。

「気のせい・・・か?」

月は美晴に拾ってもらった夜のことを思い出した。

「美晴もあんときはきょろきょろしとったなあ。」

あまりに光源の少ない駅だから美晴は声の出どころが咄嗟には分からなかったらしく、だいぶキョロキョロしとったなあと懐かしさと笑いが込み上げてきた。
美晴からすれば、人間はまさか缶詰の中の石が喋るとは思ってもみないし、そもそも暗いところで聞く子どもの声はホラーもいいところだと憤慨しただろう。

美晴と過ごしたひと月は楽しくて穏やかで幸せだった。
もう二度と会えないだろうと思っていたけれど、ちゃんと月になれたからまた美晴に会いに帰ることができる。
それまでは寂しいけれど、月にとっては月になれたことも含めて全て大円団だ。
美晴にとってもそうだったらいいと月は思った。

「やっぱり美晴のことご存知なのね。」

込み上げる懐かしさに浸っていると、今まさに脳裏に浮かんでいた彼女の名前が聞こえてきた。

「やっぱり聞こえるよなあ。誰なんやろ。どちらさま?美晴の知り合い?」
「あ、私、美晴の祖母です。」
「それはどうも・・・美晴のおばあちゃん?」
「そうです、そうです。」

声の主は星の形をした美晴の祖母らしい。
月も人が地上での生を終えると星になるのは知っていた。
まさかこんなにある星の中で美晴の祖母に会うとは思っても見なかったが。
星の数ほど、という表現は伊達ではないのだ。

「あ、美晴、さんにはお世話になってます、月です。」
「いえいえ、こちらこそ。」

辛うじて名前を呼び捨てにしないことには成功したが、月は思いもよらぬ突然のご家族登場に焦っていた。
誰もいないと聞いていた友人の家でいたずら三昧した後、帰り際にご家族に会ってしまった、そんな小学生の気持ちだ。

「勝手にお宅に転がり込みましてすみません。」
「いいえ。そのことで私はあなたにお礼を言わなくてはと思っていたんです。」

あなたが来てから美晴はよく笑っていたと美晴の祖母は嬉しそうに言った。

「最後に泣かせてしまいましたけどね。」

月は苦笑する。
別れを告げる前に空に来てしまった。

「でも、あの子は今もあなたを見上げて楽しそうにしています。あなたが月になってくれて本当によかった。」

美晴の祖母は最後に挨拶をした後、柔らかく瞬いた。

「美晴のこと、お願いしますね。」

私はもうあの子のところには帰れないからと穏やかに続ける。
月は一瞬口籠もり、そして。

「はい。」

美晴のもとに帰ったら絶対にこのことを話そう。
月は温かい気持ちで笑った。