気付いたら黙ってするセンス~日本講演新聞

日本講演新聞は全国の講演会を取材した中から、為になることや心温まるお話を講師の許可をいただいて活字にし、毎週月曜日、月4回のペースで発行する全国紙です。

朗読版はこちら↓ 耳で聴くみやざき中央新聞 朗読~広末由美

 とある有料老人ホームに母親を入所させたという女性の話を聞いた。爪切りの話がとても切なかった。

 ある日面会に行くと母親の爪が伸びていた。自分で切ってもよかったのだが、職員が気付いて切ってくれることを期待して何も言わずに帰った。数日後、面会に行くとさらに伸びていた。次の面会の時もそうだった。

 女性は根負けして、職員に爪切りを借りた。職員はニコニコしながら貸してくれた。その笑顔が女性をさらに悲しくさせた。「入所者の爪が伸びていることに気付かなかった」ということに申し訳なさを感じている様子が微塵にも見て取れなかったからである。

 「入所者の身辺に起きる不都合に気付かない」ことが介護者にとっていかに重大な問題であるか、そのことにこの施設の職員は気が付いていない。それが彼女にはとてもショックだったのだ。

 1年に一回だけ発行される『抜萃(ばっすい)のつづり』という小冊子がある。その76号に、保育園の先生の爪切りの話が載っていた。介護ヘルパーの女性が『PHP』という月刊誌に投稿したエッセイを転載した記事だった。

 その女性は25歳で結婚し、2年後に男の子を出産した。その半年後、夫が病に倒れた。

 彼女は生後6か月の息子を保育園に預け、働きに出ることになった。毎朝、保育園の先生に息子を託す。烈火のごとく息子は泣く。その泣き声を背に駅に向かう。そんな日々が始まった。夫は息子が1歳を迎える前に亡くなった。

 子どもの毎日の体調を保育園の連絡帳に記入する。汚れた着替えを持ち帰る。お昼寝用の布団カバーを交換する。そんなこまごましたことが、つい抜けてしまう。仕事も育児も中途半端。彼女はだんだん自分が嫌いになっていった。

 0歳の息子を受け持ってくれたのは自分と同じ年の先生だった。ひまわりのように明るいその先生を、彼女は「ひまわり先生」と呼ぶようになった。そして、ひまわり先生の「いってらっしゃい」という明るい言葉に何度も何度も励まされた。

 ある日、お弁当の日に寝過ごしたことがあった。慌ててコンビニでサンドイッチを買い、息子に持たせた。その時、彼女は初めてひまわり先生の前で泣いた。

 ひまわり先生は「ちゃんとできなくてもいいじゃないですか。ちょっとずつ良くなっていけば…」と慰めた。

 そんなこんなで5年が過ぎた。

 ある日、彼女はとんでもないことに気が付いた。「この5年間、自分は一度も息子の爪を切ったことがない」

 しかし、息子の爪を見るときちんと切り揃えられている。息子に聞くと、「ひまわり先生が切ってくれるよ」と言う。そしてこうも言った。「ママが遅くなる時は耳そうじもしてくれたよ」と。

 驚きと感動で言葉を失った。

 「そういえば…」と、彼女はもっと奇跡的なことに気付く。0歳から5歳までひまわり先生が息子の担任だったこと、そしてその5年間、ひまわり先生はただの一度も休んだことがなかったことに。

 卒園式を待たずして、その母子は引越しすることになり、保育園も泣く泣く退園することにした。園長先生にあいさつに行った。そこで初めて、ひまわり先生も幼い頃に父親を病気で亡くしていること、ひまわり先生がずっと担任だったのは園長にそれを希望していたことを知った。

 親は何年経っても未熟さの域を越えられないものである。その女性も、自分の未熟さに心が折れそうになったことが何度もあったという。その度に、何も言わず息子の爪を切ってくれたひまわり先生の笑顔を思い出していた。それが「お守り」になっていたそうだ。

  「気付く」「気付いたら黙ってする」、これがプロのセンスなんだろうなぁ。

(日本講演新聞 2017年2月27日号 魂の編集長・水谷もりひと社説より)


ためになる、元気がでる、感動する、そんな良質な情報だけを発信しています。 1か月無料で試し読みできます→http://miya-chu.jp/