見出し画像

感想:まちづくり幻想(木下斉 著)


はじめに

 本書は日本の地域再生において盲目的に信じられてきたまちづくりの幻想を可視化し、次世代のまちづくりを行う上で必要な「考え方」をまとめた一冊です。著者である木下斉先生は、2008年に設立した熊本城東マネジメント株式会社をはじめ全国各地のまちづくり会社役員を兼務しており、本書にはそのような著者が経験した地域再生のリアルも描写されています。今回は私が読んでいる中で興味深く感じた幻想をピックアップし、個別に感想を述べていければと思います。

幻想1 人口減少を解決すれば地方が活性化する

地方の人口減少は衰退の原因ではなく、結果なのです。つまり、稼げる産業が少なくなり、国からの予算依存の経済となり、教育なども東京のヒエラルキーに組み込まれる状況を放置した結果、人口が流出したわけです。(第1章, p.42より)

 1つ目の幻想は人口が増えれば地域が活性化するという幻想です。これは私自身もどこかそう信じてしまっている部分があり、痛いところを突かれた気分になりました。
 そもそもどのような状態であれば、地域が活性化していると言えるのでしょうか。人口が増えることで地域が活性化するのであれば、郊外化が進んだ時の大都市圏のベットタウンは活性化されているのでしょうか。否、ベットタウンを活性化された地域と言うのは難しいように感じます。つまり、人口の増減はあくまで地域の盛衰に関する1つの指標・結果であり、原因ではないのです。
 では、活性化された状態とはどのような状態なのでしょうか。本書を読んだ上での私の結論は、「外貨を稼ぐことができる状態」です。外貨を稼ぐとは言葉通り、地域外の人に地域内へお金を落とさせることです。カフェでも、旅館でも、雑貨屋でも方法はなんでも良いです。言ってしまえば、たとえネット販売でも外貨を稼げれば良いのです。しかし、逆にいくら地域への旅行客や関係人口が多くても、東京などの都市部に本社を持つ企業がお金を吸い上げてしまう経済構造(例えば外資のホテルにしか客が泊まらない)であれば、外貨を稼げているとは言えません。地域経済をある種の貿易と捉え、地域内・外の合計の収支がプラスとなっていれば外貨を稼げているのです。こうして外貨を稼げると地域内の平均所得は上昇し、内需・購買力も高まります。これが活性化された状態ではないでしょうか。まとめると、「人口が減少しても高付加価値のものを常に生み出し平均所得が高い地域」、そんな地域が活性化された地域なのかもしれません。

幻想2 成功事例を横展開すればみんなで幸せになれる

(前略)それらの意思決定層の傾向は、すぐに「答え」を求めがち。その定番は「成功事例を真似れば成功する」という幻想です。毎年どこかの地域の「成功事例」を視察し、それをパクるための予算を行政に確保させ、取り組んでみる。うまくいかないと次のネタをまた探し、行政の予算を確保させ…という無限ループに陥っている地域は多くあります。(第2章, p.72より)

 2つ目の幻想は、上手くいった事例を真似すれば事業は成功するという幻想です。実際には成功事例の後ろ姿を追っても、事業を行う当事者が仮説・検証の姿勢を持ち合わせていなければプロジェクトは成功しません。なぜなら、地域の特性というのは「個性的な飲食店が集積した地域」、「農地が多い地域」のように千差万別であり、全ての地域に対して参考になる事例など存在しないからです。また、成功している事業も実は紆余曲折を経ているものが大半であり、その過程をスキップして成功するというのはほぼ不可能に近いでしょう。「自分たちの地域は〇〇な地域だから△△のニーズがあるのではないか」と常に仮説を持ち、社会実験等を通じて検証し、新たな仮説を作り上げる。このような姿勢が地方再生という分野では必要不可欠なのです。
 近年では、屋外空間の活用をはじめ様々な社会実験も行われており、徐々にこの幻想は解けつつあるとも感じます。ただ、これも周りが「社会実験してるからうちの地域でも...」という発想では本末転倒になります。他事例の真似をすること自体は悪ではありませんが、仮説・検証の姿勢を持たないで行うことは悪であるという話はぜひ心に留めておきたいです。

幻想3 熱意を持って説得すれば伝わる

(前略)地域分野では企画を動かすときに、「全く上が動かない」「えらい人が理解してくれない」と悩み続けている人が少なくありません。このときの典型は、同じ人たちで「説得しようとしている」ことです。物事を動かすとき、決裁者をその気にさせるときに意識すべきは「話す内容」で判断しているのではない、と割り切ることです。うまく話ができれば伝わるはずだ、熱意をもって説得すれば伝わるはずだ、というのは幻想なのです。基本的には、多くの人は「誰が話すか」によって判断をしています。(第3章, pp.132-133より)

 3つ目の幻想は「熱意を持って説得すれば伝わる」というものです。著者はこれに対して重要なのは「話す内容」ではなく「誰が話すか」であると述べています。
これは目から鱗の発想でした。まちづくりという分野では多くの関係者が存在し、「関係者の同意を得る」というのは重要な仕事の一つです。そしてこの同意を得るためには、当然「話す内容」の質を高めるべきですが、あらかじめ根回しをして相手が思わず納得してしまう環境を作り出すというのも戦略の1つだというのです。「専門家が話していると妙に納得してしまう」、こんな経験は誰にでもあるでしょう。自分1人ではなく、「誰に話させるか」という視点を持ち、他人からの外圧を適切に利用することで効率的に物事を進められるというわけです。著書内には外圧の利用の仕方も述べられていたので、自分の解釈も交えながら下記にまとめておきたいと思います。

① 同じ組織属性の人を活用する
例)若者に向けて外出自粛をお願いする際、政治家ではなく、SNSで人気を博している若者に協力してもらう。
② 同じ階級の人を利用する
例)直属の課長を説得するために、他の課の課長、もしくは部長クラスに根回しをして、納得させやすい環境を整えることで、聞く耳を持ってもらいやすくする。
③ 外部評価を利用する
例)自分の所属する会社外での評価を高め、意見を支持してもらうことで、自分の会社内での発言を強める。
                               (著書抜粋)

書誌情報

About me

都内で、建築・都市計画を学ぶ大学院生。これから読んだ本の感想を定期的に挙げられればと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?