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滅亡【シロクマ文芸部】

最後の日、僕はたった一人で過ごしたいと思った。とはいえ家に籠もるのは何かが違うとも思った。だから山に登った。
装備が必要なほどの高い山ではなくハイキングのついでに登れるような山だけどとにかく頂上まで登ってみた。
予想はしていたけどやっぱりここにも大勢の人がいた。見知った顔がないということだけが少々の救いかもしれない。

「にいちゃん、あんたもここで最後の日を見極めるんか? お仲間なんやったらこっち来て一緒に飲まへんか?」
「いえ僕は」
「ギスギスした世の中が終わろうとしてるんや、最後くらい知らん者同士でなかようしようや」
見知らぬおじさんの言葉はすんなり胸の内に沁み込んだ。
「ではお言葉に甘えて」
こんなに乾杯のお酒が美味しいとは思わなかった。


今までの僕はといえば、長い物には巻かれ、強い者には迎合し、できるだけ自分を隠し、息を潜め、生きるという意識もなく生き長らえてきたんだ。
満足のできる人生ではなかったし、嬉しいことも楽しいことも思い浮かべられないくらいに少なかった人生だったけれど、それもあと3時間で最後の日が終わる。


時間の経過と共に一緒に飲むお仲間が増えていく。皆さん一様に楽しそうだ。僕もそうだけど、きっと最後の最期に楽しい思いができて良かったと思っているのだろう。残り2時間。


向こうの一団からは歌声が聞こえてくる。僕も知ってる曲の歌声は徐々に大きくなりソロ歌唱から合唱へと移っているようだ。耳を澄ませて聞いているとハモっている人もいるようだ。とっても楽しそうだな。
他の一団からはしきりに笑い声が聞こえてくる。詩を吟じてる一団もある。誰一人怒鳴ったり喚いたりしていない。嘆いている人もいなさそうだ。
こんな平穏な世界ならもう少し続いても良かったのにな。残り半時間。


大きな声で歌いながら、馬鹿笑いを重ねながら、好きな趣味の世界に没頭しながら迎えたかったそれぞれの最後の時だけど、さすがにしんみりする空気があたりを支配するようになった。
天に祈る人、地にひれ伏して願う人、茫然自失とただ立ち尽くす人。
いよいよ最期の時を迎える。



1999年7月末日。ノストラダムスの大予言により地球滅亡の日と言われたその日。僕は山の上にいた。
タイムリミットが過ぎると共に、笑いと歓声と安堵に包まれたのはいうまでもない。
僕は強く生きて行こうと心に誓った。

今回も参加させていただきます。
小牧幸助さま よろしくお願いいたします。


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