月の使者#ゴーショー⑧『ウーリーと黒い獣たち』
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アクーン王と
初対面
とうとう念願のアクーン王と対面できる。多少の緊張感を持ちつつも高鳴る高揚感がわたしの足を前に進めてくれる。シュミクトの後ろ姿もバイアスがかかっているのか、頼もしくも勇ましく感じた。
入り口を抜ける。顔にまばゆい光が差し込み、思わず手で遮る。発光体の景色から、徐々に視界は元に戻り、王の間の全貌が見えてくる。
王の間は、左右対称で作られている。互いに同じ数の柱と同数の窓。柱にはアクーン王のマークが記された旗が飾られている。また、同様に衛兵も左右に見事に配置されている。その中央には、赤い絨毯が50m程度に真っすぐ”とある方向”へ向かっている。そう、王の座る玉座に向かっているのだ。ちょうど光が途切れていて、玉座に座る王は影で隠れて見えない。
「あそこのアクーン王がいるのか…」
感慨深い気持ちを抱きながらも、わたしの前に居るシュミクトが「いくよ」と手招きしてくれる。その手につられるようにシュミクトの後ろを歩く。
いよいよ、アクーン王と対面。アクーン王の顔、声、人柄を知ることができる絶好の機会だ。
シュミクトが立ち止まり、片膝をついて座る。わたしも同じ格好をした。
シュミクト
「アクーン王様!
お申し出のあったとおり、ゴーショーを連れてまいりました」
アクーン王
「・・・」
アクーン王から返事がない。聞こえていない?というほどの距離ではない。シュミクトの声は十分に部屋に反響し、王の耳にも届いているのは容易に想像できる。「王の身になにかあるのか?」とわたしは目線を玉座へ向けた。すると、気まぐれに風が吹き、玉座に変化が起きる。
ヒューーーーッ!!
ブワッ!!
なんと!?
玉座にはマントのみがかかっており、それが風で飛ばされたのだった。
そう、玉座にはアクーン王は座っていないのだ。
「えっ!!王がいない!!」
わたしは一瞬、動揺したのと同じタイミングで、後方に人の気配を感じ取る。「何奴!」と振り返ろうとした瞬間、激痛が走る。
いっっっったぁぁぁーーーっ!
あまりの痛さに、顔と両膝を地面に打ちひしがれ、お尻を両手で覆い隠す。
強烈な激痛に記憶が飛びそうになる。いや、もっといえば「誰だ!こんなことする奴は!」とイラつきさえも覚えてしまう。
わたしの激痛の正体は、”肛門”である。
おそらく、わたしの肛門へ誰かが指を突っ込んだに違いない。衣類の上からでも容赦ないほどに指を突っ込んでいる。1本ではない、2本だ。
しゃれにならない激痛で、そのままの姿で悶えるわたし。
後ろから高笑いが聞こえる。
「ひゃっひゃっひゃっ!
油断したらいかんよ!!」
わたしの前にいたシュミクトは、その声を聞いて振り返る。
シュミクト
「ちょっ!なに、やってんすか!アクーン王!!」
えええええええーーーーっ!!
わたしは、尻を両手で抱えながら後ろを振り返り、アクーン王の見た。
その高笑いの正体がアクーン王だと知ったときには、信じられないという驚きと尻の穴の痛さを耐えることに必死で思考回路が追い付かなかった。なにより、アクーン王の第一印象は最悪だ。
「なに、やっとんねん!」と頭の中は、その言葉でいっぱいだった。
アクーン王
「それにしても、くっさーーーっ!
おたくの尻、ようけ洗ってまへんな!
肛門は重要なところやねんから、ゴシゴシ洗わな!」
ゴーショー
「ぐぬぬぬっ」
アクーン王
「あと、リアクションがおもろない。
もちっと、画面映えする程度に身体を使わな!
それじゃ、地味すぎて、まわりが引いてまうやろ」
ゴーショー
「いや、それは…」
痛みに耐えつつ言い返したいところだが、両手を肛門から引き剥がせない。屈辱だ。曲がり曲がってもリケーン王国の諜報員として、志高く活動している身。いきなりの暴挙に反応できず、あげくの果てには身動きひとつ取れない状態。恥ずかしすぎる。
アクーン王
「まっ!挨拶はこのへんで、えーとして。
あらためまして、ゴーショーさん。
はじめまして!
わたしがターリキィ王国の王、アクーンです。よろしゅう」
ゴーショー
「はぁ…」
徐々に痛みは引いていき、ようやく立てるほどに回復した。同じく、「これはアクーン王のノリか」と受け入れつつ、怒りも鎮められた。
シュミクト
「アクーン王もひどいっすね!いきなり、奥義チョーカンはずるいっすよ。
ゴーショーさん、引いてるじゃないですか」
アクーン王
「ええやん。親しき中にもチョーカンありって言うやん。
あれっ?言わんかな。ひゃっひゃっひゃっ!」
シュミクトは呆れた顔でアクーン王を見つめる。その間で肛門を抑えつつ、「なんだ、このカオスは!?」と状況を理解できずにいるわたし。とにかく、初対面であるのは変わりない。まずは挨拶をせねば。
ゴーショー
「・・・
…この度はお招きいただき、ありがとうございます。
アクーン王様。わたしはゴーショーといいます」
アクーン王
「ええよ、そんな堅苦しい挨拶せんでも。
おおよそはシュミクトから聞いてるから。
今回、ゴーショーさんを呼んだのは、
どうしてもお礼がしたいから来てもらったんよ」
ゴーショー
「かねがね聞いております」
アクーン王
「ちょっと、こっち来て」
アクーン王からお礼を頂ける状況。当面はわたしの質問は控えておこう。まずはアクーン王と良き関係を深めてからでも遅くはない。わたしは、アクーン王の言われるままについていく。もちろん、シュミクトも同伴している。
王国内の
スナック
玉座の脇にある扉から入り、わたしはアクーン王の先導のもとに歩いた。人がふたりほど並んで通れるほどの通路を数10m程度。途中から下り階段を下りていく。階段は長かった。ここでアクーン王に会う前にシュミクトが伝えていた”3つの注意事項”を思い出す。注意事項とは、こうだ。
「なるほど…」
実際にアクーン王を目前とし、分かったこと。
それは、アクーン王とは”悪ノリが大好きな王様”だということだ。もちろん、場を和ませるという意味でやっていらっしゃるのかもしれない。一気に距離感を詰めるには大切なコミュニケーション能力であるし、仲良くもなりやすい。何より、相手の出方を見て「今後も付き合うべき人間なのか」という点も見極めているように感じる。王族としての社交辞令程度では飽き足らず、ある種のスリリングも求めているのかもしれない。うん、質が悪い。
「ちょっと距離を置いとこう」と思ったのは、言うまでもない。
下り階段は、最初は暗かったが下に進むにつれて、だんだんと明るくなってきた。最後の階段を下りた時、そこにはきらびやかな世界が広がっていた。
淡い光を放つステンドグラスの照明。艶やかな長テーブルは3~4mほどあるだろうか。テーブルの向こう側には、オシャレな恰好をした女性が立っている。また、女性の後ろ側には大きな棚が並べられ、ガラス扉の向こう側には小ぎれいに多くの瓶が鎮座する。瓶をよく見ると、有名どころの銘柄のお酒がずらり。女性が言う。
女性
「あら、いらっしゃい♬」
アクーン王
「ほいっ!おつかれ!
今日は、客人を連れてきたよ~♬」
女性
「あらあら、どうぞ。
ゆっくりしていってね💛」
わたしはアクーン王に言われるがままに席につかされる。シュミクトは、わたしの隣に座った。
女性
「今日は、何にするの?」
アクーン王
「そうやな~、最初やしルービで頼むわ
3人分!」
女性
「は~い💛」
女性は、部屋の奥へ引っ込む。
アクーン王
「ええ~女やろ。城下町で見つけたんや。
ちなみに、ここのママさんやから、覚えてや。
そんでもって、ここはわいの隠れ家や。
スナック”王宮のオアシス”って言うんやで」
ゴーショー
「はぁ…」
わたしは、呆気に取られていた。初対面とは言え、突如こうした場に連れられて、そして、アルコールを勧められたことに。ちなみに隣のシュミクトは嬉しそうな顔で「まだかな、まだかな」と目をキラキラにさせている。もしかしたら、こうしたシュミクトの一面を育てたのは、この王様のせいなのかもしれない。
ただ、この場所は王様にとってのプライベートな空間だ。だとすれば、わたしのような素人が招き入れられたという点は、受け入れてもらえたといっても差し支えない。むしろ、わたしにとっては好都合だろう。酒に酔ったいきおいで鋭い質問を投げかけても、なんら不自然ではない。
ママさん
「は~い、お待たせ💛ルービ、3つね~♬」
アクーン王とシュミクト、わたしの前にルービの入ったグラスが並べられる。そのルービの泡は見るからにキメ細かく上品である。そして、手に持った瞬間の冷ややかなグラスは、思わず唾をのみ込むほどに魅力的だった。
アクーン王
「そいじゃ、乾杯といこうか♬」
グラスを持ち、アクーン王が音頭を取ろうと準備につく。
わたしとシュミクトもつられて、グラスを手に持つ。
アクーン王
「この度のゴーショーとの出会いに…」
かんぱーーーっい!!
3人のグラスは、天高くぶつかり合う。続けて、グビグビとルービを胃袋へ流し込む3人。あっという間にグラスの中身は、半分以下になっていた。
アクーン王
「ぷはーーーーっ!まいうーーやな」
シュミクト
「ですねーーー♬」
アクーン王
「まだ、鼠径部は完治してないから
アルコールは医者から止められてるけど、このことは内緒な」
アクーン王は人差し指を顔の前に立てて、わたしに言う。「知らんがな」と言いたい気持ちを抑えつつ、「分かりましたよ」の顔をする。
はたして、わたしはアクーン王から秘密事項を聞き出せるのか。はたまた、ただただ飲み友達として終わるのか。少なくとも、シュミクトは酔いつぶれるに間違いない。100%断言できる。
部屋の壁に飾られた時計の針は、まだ、16時を指していた。
早すぎる呑兵衛タイムの始まりである。
続く…
(次回、完)
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