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村で生まれ、田舎で育ち、感じたこと。

ブログを書いていると、自分の人生を振り返るきっかけになりますね。

せっかくなので、自分の人生で印象的だった出来事を、幼少期から振り返ってみようと思います。


村生まれ、田舎育ち

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僕は母親の実家である、岡山県のとある田舎の村で生まれました。

なので、僕は田舎生まれの村人ということになります。

田んぼと森に囲まれた自然溢れる村でしたが、もうその村は合併してしまい、地名に村の名前は残っていません。

隣の家は、田んぼを3つくらい挟んだ遠い場所にあったので、近所の人を見かけたことはありません。

夜は真っ暗で街灯ひとつなく、夜はイノシシや熊が出るから、外に出てはいけないと教わりました。

家からは一本道で下り坂だったので、「わ〜!!」と叫びながら坂道を走ることが好きでした。

好奇心のまま走っていると、気づくと知らない場所まで走ってきてしまい「ここはどこだ!!」と、迷子になることもありました。

一本道を気づけば1時間くらい走っていて、家に戻るにはこの走ってきた道を、もう1時間かけて帰らないといけないのかと、絶望に陥ったことを覚えています。

足がガクガクになりながら帰宅し、走りたいときは、帰り道を考えて走らなければいけないことを学びました。

それでもまた走りたくなって、いつも外に走りだしてしまいます。

すると、おばあちゃんから「ふきのとうと、つくしを取ってきて」と言われ、道端に生えているふきのとうとつくしを持ち帰っていました。

僕がとってきたふきのとうとつくしは、夕飯で天ぷらとして出てきます。

「何で道に生えとるやつ、食べんといけんのん」と思ったので、僕は一切食べませんでした。

家に隣接している山は、まったく舗装されておらず、人が通って良さそうな道はありません。

それでも興味本位で入ってみた時、適当に登って振り返ってみると、同じ木の並びで来た道が分からなくなり迷子になりました。

必死の思いで山の頂上にたどり着いた時に、山頂から家が見えて、まっすぐ駆け下り無事帰省した経験があります。

こんな感じで、田舎での暮らしは、常に自然の脅威が隣り合わせでした。

田舎育ちで感じた不便さ

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田舎育ちに憧れを持たれる人もいると思いますが、僕はすごく不便さを感じていました。

家の敷地がやたら広く、住んでいる家と離れたところにトイレがあります。

トイレは水が流れない、田舎ならではのボットン便所でした。

このトイレに落ちてしまうと、僕は出てこれないんじゃないかと、いつもビクビクしながら用を足していました。

買い物にスーパーに行くためには、車で約20分かかります。

ちょっとした買い物が、小旅行気分でした。

当時は携帯を持っていませんでしたが、大人になって帰省すると、電波が一本も入りません。

LINEも電話もネットも使えず、社会から隔離されたような状態でした。

毎日山と空を長め、一日が終わる

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家の玄関には、婆ちゃんがいつも座っている、ロッキングチェアが置いてありました。

僕もそこに座って、何時間も山と空を眺める時間が好きでした。

その反面で、毎日退屈さを感じている部分もありました。

更に言うと、この村には子供がいなかったので、みんなどこかへ出ていっているんだろうと、幼いながら感じていたことも覚えています。

将来的に、ずっとここにいるイメージはできませんでした。

まとめ

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憧れの田舎暮し。

実際に経験したから、分かることがあります。

幸いにも、出産のために田舎に帰っていただけで、拠点は父親の実家がある倉敷のとある町でした。

倉敷での生活については、また次回話そうと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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