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僕と名犬ラッシーの物語

幼少期の僕は、無口で友達がほとんどいなかったので、学校が終わるとまっすぐ家に帰っていました。

そんな僕を笑顔で迎えてくれていたのが、ペットのラッシーでした。

今回は、僕とラッシーの話をします。

1.出会い

ラッシーが我が家に来たのは、僕が小学校高学年のころ。

家族の中で「犬を飼おう」という話になり、近くで里親募集中のペットショップへ、父親と妹と出かけました。

たくさん犬がいる中で、僕は一匹の犬に心惹かれました。

その犬は他の犬に比べて口が短く、熊みたいな顔。

僕が「この子がいい!」と指差した犬は、不思議なことに父親も妹も数いる犬の中で一番良いと思っていたので、満場一致で決まりました。

家に連れて帰り、名前を決めようと色々と案を出した結果、「ラッシー」と命名しました。

2.家に帰ると

僕は学校でいじめを受けていた時期があり、学校が辛くて半泣きで帰ることもありました。

遠くからでも僕の足音に気づくラッシーは、家に近づいた辺りから、顔も見えていないのに吠えててきます。

ワン!ワゥン!ワゥゥーン!

家に着くと、満面の笑みで飛び跳ねまくって、僕を迎えてくれました。

無邪気に飛びついてくるラッシーを見て、僕は家に帰ると学校のことは忘れて元気になり、すぐに着替えてラッシーと散歩に走り出していました。

毎日のように散歩に出かけていった結果、当時太っていた僕もみるみる内に痩せて、嫌いだった自分を変えることができました。

3.将来の夢

ラッシーと散歩で登っていた山の中腹で、僕はいつも10分〜1時間くらい、将来のことを考えていました。

「ラッシー、僕は将来どうしたらいいかなー」

ワンワンッ!

「ラッシーはどう思うー?」

ヘヘッ!

「やっぱり思いっきりチャレンジしたいよね!」

ワンワンッ!

こんな感じで、いつもラッシーに一方的に話しかけながら、僕は将来映画に出るために東京へ行くことを決めました。

4.上京後

夏休みや年末年始に帰省するたびに、ラッシーと散歩に出かけました。

上京してからほぼ毎日ランニングし、基礎体力作りをしていた僕は、久しぶりに散歩に出かけるたびにラッシーの衰えを感じました。

「ラッシー、もう疲れたのか・・・」

数年前だったら無限に走り続けていたラッシーも、10歳を超えると走るより歩くことが多くなり、トレーニングの一環だった散歩がただの散歩になりました。

「さすがにラッシーも、もうおじいちゃんか・・・」

犬にとっての1年は人間にとっての4年と呼ばれているので、人間の年齢で考えると、ラッシーも50歳〜60歳くらい。

東京にいる間に、どんどん老いていくラッシーを見て、最期の日も近いと感じていました。

5.最期の日

21歳のとき、ちょうどじいちゃんが亡くなった数ヶ月後に、母親からメールが届きました。

ラッシー、今夜が峠かも。

この日もアルバイトに入っていた僕は、午後休をいただき、急いで実家に帰省しました。

実家に帰ると、ラッシーは横たわっていて、辛うじて呼吸していることが、お腹の膨らみで分かる程度でした。

「ラッシー、ただいま・・・」

ラッシーに話しかけると、少しだけ反応がありました。

でももう、生きているのが不思議なくらい瀕死の状態でした。

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その1時間後に、ラッシーの呼吸が止まり、亡くなりました。

どう考えても、僕が帰るのを待ってくれていたように感じました。

あまり感情を面に出さない父親が、泣きながら「ありがとうな!ありがとうな!」と、ラッシーを抱きかかえている姿が、今でも目に焼き付いています。

まとめ

こちらが本物のラッシーです。

ラッシーは僕をいつも笑顔にさせてくれ、僕ら家族にとって、かけがえのない存在でした。

ペットですが親友のようで、今でも実家に帰ると、ラッシーが飛びついてくる光景が目に浮かびます。

こうして、1年の間にじいちゃんとラッシーという、かけがえのない存在の死を経験した僕は、時間は有限であるということを、身にしみて感じました。

後悔しない人生を歩もうと、改めて俳優活動に全力を注ぎ始めました。

続きはまた次回お話します。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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