屋上の記憶

小学校の屋上は自由に出入りすることができた。きれいに整備されていたけれど、校庭でのボール遊びや教室でのトランプを選ぶ人の方が多かったから、あまり人はいなかった。

チャイムが鳴ってすぐに階段を駆け上がって、お気に入りの場所に腰掛けるのが楽しみだった。揺れるスカートも上履きから伝わる冷たさも好きだった。口ずさむ歌は決まって「カントリーロード」。ちょっと自分に酔っていた。

ある日、体力を持て余して屋上で走っていたら、同じく体力を持て余していた高学年の男子とぶつかって額を切った。身体がふっ飛んで、目を開けたら眼鏡のレンズに血が垂れていた。タクシーで病院に行って何針か縫った。教室に置いてきたランドセルのことばかり考えていた。付き添ってくれた先生が、故郷の島の話をしてくれた。

ある日、ほんのり片想いしていた先輩から「明日の昼休み空いてる?」と聞かれた。俺の作った三角定規ブーメラン見せてやるよ。先生に見つかったら没収だから早めにな。二つの三角定規をセロテープで繋げただけのそれは、意外なほどきれいなカーブを描いて飛んだ。先輩は幼馴染の女の子と付き合っていた。横顔がきれいなんだ。そう言った先輩の横顔をしばらく忘れられなかった。

ある日、突然色々なものが失われ、けれどそれを悲しむ立場でもなく、恐らくそんな権利もなかった。柵越しに外を眺めて、この街がなくなる可能性について考えた。自分の故郷は多くの人が憧れている場所らしいと気付き始めた頃だった。屋上には校庭に飽きた同級生がよく来るようになっていた。図書室を選ぶ日が増え、習慣化した。

額の傷跡は消え、ブーメランはただの三角定規に戻り、東京は東京のまま年月が過ぎた。カントリーロードを口ずさめば、風の冷たさと街の果てしなさがよみがえる。持て余していた孤独に近い感情は、今も屋上に残したままだ。