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ポイント解説・金商法 #15:「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂【中止が想定されている知る前契約・計画、株式報酬総額の見込み額の公表等について】

令和5年12月8日、金融庁・証券取引等監視委員会から、「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂版(以下「本Q&A」といいます。)が公表されており、改訂版では、知る前契約・計画の要件および株式報酬に係るインサイダー取引規制の適用に関する「応用編」問6~8の3問が追加されています。

本Q&Aは、「基礎編」と「応用編」により構成され、「基礎編」ではインサイダー取引の基本的事項について初心者向けに分かりやすく解説し、「応用編」では実務上問題となる論点に関する法令解釈の指針等を示すものとされています。

なお、知る前契約・計画の詳細については、「ポイント解説・金商法 #2」において解説しておりますので、ご参照下さい。


1. 中止が想定されている知る前契約・計画

応用編(問6)
上場会社の役職員等が、自社や取引先の株式を売買するための契約を結び又は計画を策定した後に重要事実を知った場合、当該契約・計画を中止することはインサイダー取引規制との関係で問題がありますか。

問6の解説では、知る前契約・計画を締結・策定したが、今後、ある未公表の重要事実を知れば当該契約・計画を中止することが当該契約・計画の策定時点で想定されている等の場合には、当該契約・計画に基づく売買等はインサイダー取引規制の適用除外(金商法第166条第6項第12号)の対象にはならない旨示されています。

また、ある契約・計画について、仮に複数の契約・計画の場合であったとしても、全体として当該複数の契約・計画のうち有利なもののみを履行又は実行し、不利なものは履行又は実行しないことが想定されている等の場合、一体のものとして評価されることになる旨示されています。

知る前契約・計画に関するパブリックコメント結果公表日(2015年9月2日)において、金融庁は、上記後段の複数の契約・計画を準備した上で、有利なもののみを履行又は実行する場合等については、契約・計画において売買等が特定されている又は裁量の余地のない方式であること(有価証券の取引等に規制に関する内閣府令第59条第1項第14号ハ)の要件を満たさないとの解釈を示していた(同日付パブリックコメント回答 9頁37番)ことから、上記後段は新たな解釈を示したものではないが、上記前段については新たな解釈を示したものと考えられます。

2. 株式報酬総額の見込み額の公表

応用編(問7)
上場会社において、役職員等に対する株式報酬として新株発行又は自己株式処分を行うことが内部的に決定されました。払込金額の総額は割当決議日までに変更される可能性がありますが、当該内部的な決定が行われた時点においては、その時点における株式報酬の総額の見込み額を所定の方法で公表することにより「公表」がされたことになるのでしょうか。

問7の解説では、払込金額の総額が割当決議日までに変更される可能性があるとしても、上記内部的な決定が行われた時点における株式報酬の総額として合理的に見込まれた額を公表すれば、当該決定をしたことの「公表」(金融商品取引法第166条第4項)がされたことになる旨示されています。

また、上記内部的な決定が行われた時点において、一部の役職員等に対する株式報酬の具体的な払込金額が確定していない場合であっても、当該株式報酬を含め、その時点における株式報酬の総額の上限額として合理的に見込まれた額を所定の方法で公表すれば、当該決定をしたことの「公表」がされたことになる旨示されています。

ただし、当該公表後、合理的に見込まれた額につき重要な変更があれば、変更後の当該額を公表するまでは当該決定をしたことの「公表」にあたらない旨も併せて示されていますので、ご注意ください。

上記回答は、あくまで、インサイダー取引規制との関係を示したものであるところ、役職員等に対する株式報酬として、有価証券届出書の提出が必要となるものについては、届出前勧誘規制(金商法第4条第1項本文)の適用があることから、これとの関係においては、金額を公表できるかについては慎重な検討が必要となります。

なお、「譲渡制限付株式報酬」については、発行価額の総額が1億円以上であっても、取締役等が当該株式の交付を受ける日の属する事業年度経過後3か月間は、当該株式につき譲渡制限が付されているという要件(同法第4条第1項第1号、同法施行令第2条の12第1号)を満たせば、有価証券届出書の提出は不要で、臨時報告書の提出で足りるとする特例が設けられています(同法第4条第1項第1号、同法施行令第2条の12第1号、企業内容等の開示に関する内閣府令第19条第2項第2号の2)。

この要件のため、経済産業省が公表する『「攻めの経営」を促す役員報酬~企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引~』の2023年3月時点版(その改訂前のものを含みます。)で示されているひな型契約に沿った譲渡制限付株式報酬等(多くの事例は当該ひな型に沿って設計されています。)については、当該期間において取締役等の死亡その他正当な理由による退任又は退職や発行会社の組織再編成等が生じた場合に譲渡制限が解除される可能性があり、上記要件を満たさないことから、有価証券届出書の提出が必要な状況となっていました。

これについて、発行会社が定める株式報酬規程等において、①取締役等の死亡その他正当な理由による退任又は退職、②発行会社の組織再編成等が生じた際に当該株式の譲渡制限を解除する旨の定めが設けられている場合であっても、上記特例の譲渡制限期間の要件を満たし、有価証券届出書の提出が不要であることが、2023年12月26日から適用されている企業内容等開示ガイドラインB4-2-1(同日公表のパブリックコメント結果は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)に対するパブリックコメントの結果等について:金融庁をご参照下さい。)において明確化されています。

これにより、譲渡制限付株式報酬における有価証券届出書の提出範囲が合理化されることが期待されます。

3. 株式報酬としてのリストリクテッド・ストックの自己株式処分の方法による付与

応用編(問8)
上場会社が、役職員等に対して、その職務執行の対価として一定期間の譲渡制限が付された現物株式(リストリクテッド・ストック)を自己株式の処分の方法により付与する場合、インサイダー取引規制との関係で問題がありますか。

問8の解説では、一定の譲渡制限期間や無償取得事由の設定された一般的な内容の譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)の付与であれば、①当該付与が株式報酬の一種であること、②当該株式の処分に相当の期間を要することから、情報の非対称性に基づく取引による市場の公正性・健全性の阻害という事態は基本的には想定されないとして、未公表の「重要事実」があったとしても、当該付与が当該「重要事実」と無関係に行われたことが明らかであれば、インサイダー取引規制違反にはならない旨示されています。

上場会社が未公表の「重要事実」(金融商品取引法第166条第2項)を有している場合には、株式報酬として役職員等に対し付与する譲渡制限付株式を含め、自己株式の処分の方法により株式を割当先に移転することは「売買その他の有償の譲渡若しくは譲受け」(金融商品取引法第166条第1項柱書)に該当し、インサイダー取引規制への抵触を慎重に検討する必要があるところ(問8の解説および2011年12月公表の金融審議会「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」報告書5頁 参照)、自己株式処分型の譲渡制限付株式の交付時期に留意が必要となっていました。今後、応用編(問8)の内容に従い一般的な内容の譲渡制限付株式を役職員等に交付するに当たっては、(インサイダー取引規制の対象外である新株発行の方法によるのではなく)自己株式の処分の方法による場合にも、より柔軟に交付時期の設定が可能となると考えられます。

本Q&Aの改訂は、知る前契約・計画および株式報酬といった実務対応に関する内容の追加であり、知る前契約・計画の策定方法や株式報酬に関する開示・交付時期等に対し一定の影響が考えられるため、企業における実務担当者の方は、一読されることが望まれます。


Authors

弁護士 大草 康平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年東京大学法学部卒業、2015年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。2020年3月から現職(2022年1月パートナー就任)。2017年から2019年にかけては経済産業省経済産業政策局産業組織課に出向(課長補佐)し、コーポレート・ガバナンスに関するガイドラインの策定、M&Aに関する会社法の特例に関する法改正等に従事。上場会社に関するM&A、コーポレート・ガバナンス等、会社法、金商法、上場規則関係を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

弁護士 新岡 美波(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2018年東京大学文学部卒業、2020年東京大学法科大学院修了、2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2022年4月から現職。幅広い分野の案件を経験し、現在ではファイナンス案件、金融法規制を中心に、企業法務全般を広く取り扱う。

弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。

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