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ポイント解説・金商法 #2:インサイダー取引規制における「知る前契約・計画」の要件と活用方法

1. はじめに

インサイダー取引規制に関し、①未公表の重要事実を知る前に締結・決定された契約・計画が存在し、②株式等の売買の具体的な内容(期日および期日における売買の総額または数)があらかじめ特定されている、または定められた計算式等で機械的に決定され、③その契約・計画に従って売買等が執行される場合には、契約・計画の締結・策定後に未公表の重要事実を知った場合でも、インサイダー取引規制は適用されません(いわゆる、「知る前契約・計画」の適用除外)。

この適用除外は、平成27年9月2日の改正(同月16日施行)により設けられ、令和2年9月18日の改正(令和3年1月1日施行)により、電磁的記録による作成も可能となっています。

現在では譲渡制限付株式株式報酬(いわゆるRS)などにより交付を受けた株式やストック・オプションの行使により取得した株式の売却など、さまざまな場面で活用されており、照会されることも多いこの制度について、簡潔に説明します。

※本稿において述べられた見解は、本稿記載時点における執筆者らの個人的な見解であり、所属する法律事務所の見解を代表しまたは拘束するものではなく、個別事案に助言するものでもありません。

2. 「知る前契約・計画」の適用除外

2-1 適用除外の要件

インサイダー取引規制(金商法166条1項・3項)の適用除外となる「知る前契約・計画」につき、大要、以下の(1)から(3)をすべて満たす場合に適用除外が認められます(取引規制府令59条1項14号)。

また、公開買付け等に係るインサイダー取引規制(金商法167条1項・3項)についても、同様の規定が設けられています(取引規制府令63条1項14号)が、基本的な考え方は上場会社等に係るインサイダー取引規制の場合と同じです。

2-2 各要件の解釈上のポイント

(1)「重要事実」を知る前に締結(決定)された有価証券の売買等に関する書面または電磁的記録による契約(計画)の履行(実行)として売買等を行うこと

ーー契約の締結または計画の決定時において未公表の重要事実を知っている者は、「知る前契約・計画」の適用除外を利用することはできないか?

重要事実を知ったことと無関係に行われる売買等であればインサイダー取引規制を適用する必要はありません。

そのため、契約の締結または計画の決定時点において知っている未公表の重要事実Aが売買などを行う前にすべて公表または中止され、また、当該契約の締結または計画の決定の後に知った重要事実Bが公表される前(契約の締結または計画の決定から売買などまでの間に、AとB以外には知っている重要事実はないことを前提とします)であっても、契約の締結または計画の決定は、重要事実Bを知る前に行われていることから、他の要件を満たす限り、「知る前契約・計画」の適用除外を利用することは可能です。

もっとも、重要事実Aとの関係では、当該契約(計画)に基づく実行時において、公表または中止されているかをチェックすることが重要となります。そこで実務上は、契約の締結または計画の決定時において知っている未公表の重要事実の有無および重要事実がある場合には、その内容を確認しておくことが必要となります。

(2)契約・計画時の措置

ここでは、もっとも多く利用されている、①当該契約(計画)またはその写しが、証券会社に対して提出され、当該提出の日付について当該証券会社による確認を受けたことについて説明します。

提出先の証券会社は実務上、売買注文を行う相手方となる証券会社になります。

「確認」の方法について、証券会社は日本証券業協会のモデル規程などを踏まえて提出を受けた契約・計画またはその写しの提出日付の確認および当該契約・計画またはその写しの保存などを行っています。

「確認」の対象は、「提出の日付」であって契約の締結日や計画の決定日ではなく、また、証券会社は提出された契約(計画)の内容やその真正性の確認義務を負いません(そのため、社内において事前に内容を確認する、あるいは法律事務所に相談するなどのルール作りが求められます。)。

なお、この日付の確認は、あくまで「日付の確認」によりその時点で契約または計画が存在することを示すために行われるものであるため、証券会社への提出をもって証券会社が自動的に売買を行うものではありません。従って、契約・計画に記載された日において証券会社に対し、売買の発注を行うことが必要となります。

(3)当該契約(計画)の雇行(実行)として行う売買などにつき、売買などの別、銘柄および期日並びに当該期日における売買などの総額または数が、当該契約(計画)において特定されていること、または、当該契約(計画)においてあらかじめ定められた裁量の余地がない方式により決定されること

ーー「期日」の特定または裁量の余地がない方式による決定

期日」とは、1日のことをいい、特定の具体的な日付(特定していれば、10年後の日など、将来の期日でも構いません。)を定める必要があるため、期間や期限を定めるだけでは足りません。

また、「裁量の余地がない方式による決定」とは、売買などを行う本人の裁量によらずに期日が定まればよく、本人の裁量によらない条件の成就により自動的に期日が定まるようにする方法や証券会社などに売買等の期日を一任することにより本人の裁量によらずに期日が定まるようにすることも可能です。実務では、期日ごとの売買数について複数の条件設定をした計画も見受けられます。

【具体例】
○ 20××年7月25日
✕ 20××年7月25日までのいずれかの日

○ 20××年の毎月25日
✕ 20××年1月25日から7月25日までのいずれかの日

○ 20××年7月25日以降、東証における終値が初めて700円を超えた日の翌営業日

○ 証券会社等に売買の期日を一任

○ 売買を行う者の意思に関係しない条件を付した条件による売買(例えば、決算発表日の翌営業日)

ーー「当該期日における売買等の総額又は数」の特定

「価格」の特定は要件とされておらず、「期日における売買等の総額または数」が特定または裁量の余地がない方式により決定されることが必要とされています。具体的には以下のとおりです。

○ 20××年7月25日に1000株
✕ 20××年7月25日に100株から1000株の範囲で

○ 20××年1月25日から7月25日まで、毎営業日100株
✕ 20××年1月25日から7月25日まで、合計1000株

なお、外部的な事情により、やむを得ずに予定に満たない取引しか行えなかった(当日における出来高数が少なく、当初想定数量の売買ができなかった場合など)ことは、売買などが「契約の履行・計画の実行として」行われたことを否定しないと考えられておりますが、恣意的・意図的に実行すること(1000株買うつもりだったが、株価が下がることを見込んで100株だけ買い付けるなど)は認められません(この場合には、未公表の重要事実を認識していればインサイダー取引規制に抵触することになります。)。

ーー契約または計画の事後的な変更

契約または計画を修正することは可能ですが、その場合には、新たに契約または計画を締結または決定する場合と同様、当該修正の時点で改めて全ての要件を満たす必要があります。

もっとも、実際に修正する場合には、契約または計画自体の信頼性にも影響することから慎重な対応が必要となりますのでご注意ください。

3. 実務上の活用方法や社内規程への影響

冒頭に記載のとおり、現在では譲渡制限付株式報酬(いわゆるRS)などにより交付を受けた株式やストック・オプションの行使により取得した株式の売却など、さまざまな場面で活用されています。

役職員の個人についての「知る前契約・計画」の導入に際しては、各上場会社が定めているインサイダー取引防止に関する社内規程に、「知る前契約・計画」が提出された場合の取扱いなどを定めるとともに、役職員への周知徹底のため、制度に関する説明などを記載した書類やQ&Aを作ることが望まれます。


Authors

弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法』(商事法務、2019年〔共著〕)『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)、等、著書・論文多数。

弁護士 五百木俊平(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。2019年5月から現職


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