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相続・事業承継UPDATE Vol.2:戸籍証明書等の広域交付が始まるものの各地で混乱が続く

戸籍法改正により、自分自身や父母らの戸籍を、どこの市区町村でも取得可能にする「広域交付」の制度が導入され、同制度の運用が2024年3月1日に開始しました。ただ、運用開始直後に大規模なシステムの不具合が発生し、法務大臣が陳謝する事態となりました。それから1か月以上が経過した本投稿の執筆時においても、未だ現場の混乱は続いているようです。


1. 戸籍証明書等の広域交付とは

改正前から、戸籍の正本はそれぞれの市区町村で管理される一方で、副本のデータについては、法務省のシステム上で管理されていましたが(戸籍法8条2項参照)、旧法の下では、自治体間で、戸籍の情報を共有することはできませんでした。そのため、本籍地が異なる戸籍謄本等は、それぞれの市区町村役場に請求する必要があり、例えば、相続手続のために被相続人の戸籍を過去に遡って取得しなければならない場合には、相当な手間を要することが多く、中でも、遠方の役所に郵送請求しなければならないときには、戸籍謄本等を集めるだけで2、3か月かかってしまうなどということもありました(*1)。

このように戸籍を集めるという作業はなかなかに厄介なものであったわけですが、2019年(令和元年)5月24日に成立した改正戸籍法(*2)を受けて、法務省の管理システムがネットワークで繋がれ、本籍地以外の自治体でも、戸籍証明書等を請求できることになりました(戸籍法120条の2)。これが広域交付と呼ばれる制度です。

そして、この制度の運用が、2024年3月1日に開始されたのです。

*1 亡くなられた方の現在の戸籍から、生まれたときの戸籍まで一つ一つ遡って行くのが一般的です。そのため、婚姻・離婚を複数回経験された方や、引っ越しの度に転籍されていた方の場合、ある役場に郵便で請求して一往復した後に、また別の役所に郵便で請求するという作業を繰り返すことになり、かなりの時間がかかってしまうことになるのです。

*2 この改正法により、本籍地以外の自治体で婚姻等の戸籍関係の届出を行う際に、戸籍証明書を添付する必要もなくなりました。

出典:法務省ウェブサイト「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」

2. 広域交付制度の注意点

広域交付制度の下では、例えば、自宅の最寄りの市区町村役場で、本籍地が他の自治体内にある戸籍証明書等についてまで、まとめて請求することが可能です。そのため、制度の運用開始前から、この制度を利用することにより、戸籍を集める作業の負担が大幅に低減すると期待されていました。 

ただ、注意点もあります。一つは、法律上請求し得る全ての戸籍証明書等を、本籍地以外の市区町村で取り寄せることができるわけではない点です。

具体的には、請求できる範囲が、以下の図のとおり、①ご本人、②配偶者、③直系尊属(父母や祖父母)、④直系卑属(子や孫)の戸籍証明書等に限定されています。

出典:法務省ウェブサイト「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」

兄弟姉妹等の傍系の親族は含まれませんので、それらの人の戸籍証明書等は、引き続き本籍地の役所に請求する必要があります。中でも面倒なのは、兄弟姉妹やおじ・おばが被相続人である場合や、兄弟姉妹である相続人が既に亡くなっていてその子が代襲相続人となるような場合です。それらの場合、故人について、出生時の戸籍まで辿っていく必要があり、結局、一つ一つ役所に請求していく作業が生じてしまうのは、これまでと変わらないのです(*3)。

*3 兄弟姉妹等の戸籍証明書等を対象に含めない理由としては、同一戸籍にない兄弟姉妹が請求者となる場合、親族関係の確認に手間を要することや、別の戸籍に入っている兄弟姉妹について、何ら理由を明らかにせず戸籍証明書等の交付請求を認めることには国民的コンセンサスが得られないこと等が挙げられています(法制審議会 戸籍法部会 第10回会議 議事録)。

また、請求できるのは戸籍の全部事項証明書(戸籍謄本)に限られており、個人事項証明書(戸籍抄本)や戸籍の附票の写し等は広域交付の対象ではありません。相続手続を行うに際して、住所の調査や証明のために戸籍の附票を取り寄せることがありますが、これについては、これまで同様、本籍地の市区町村役場に対して請求する必要があります。

もう一つの注意点は、広域交付が認められるのは、請求者本人が窓口に出向いた場合に限られる点です。郵送請求の場合は対象外ですし、代理人による請求も認められていません。つまり、ご本人が病気や多忙により役所に行かれない場合には利用できませんので注意が必要です。その他、弁護士や司法書士が行う職務上請求も広域交付の対象外となっています。

このように広域交付の制度には限界があるため、今後、専門家が関与する場合、

① まずはご本人に窓口で可能な限りの戸籍請求書等を請求してもらう
② とれなかった戸籍について職務上請求をする

というような流れで戸籍を取り寄せることが多くなるのではないかと思われます。

3. システムの不具合による混乱が続く

このように制限があるとはいえ、新しくできた広域交付の制度により、今後、戸籍の取り寄せ作業に要する負担は相当程度減ることが見込まれます。ただ、冒頭でも述べたとおり、残念ながら、2024年3月1日の運用開始以降、システムの不具合による混乱が続いているようです。運用開始直後のアクセス集中により不具合が生じたほか、その後も、一部の自治体で不具合が発生しているとの報道もあります(神奈川新聞電子版2024年4月5日)。

その影響か、現在、法務省からの通知による暫定的な運用として、請求された全ての戸籍(除籍)の内容について、本籍地への電話確認が実施されており、その作業に相当の時間を要しているもようです。また、「とくに戸籍をさかのぼるような場合は、古い本籍地名などを読み取りながら検索する必要がある(品川区ウェブサイト「戸籍証明書の広域交付」)」との指摘もあり、慣れない他地域の古い地名を読み取る作業に、現場の担当者たちが苦労している様子も想像されます。

いずれにしても、請求できる証明書の範囲が制限されたり、請求が受け付けられても交付までに相当な時間を要したりするケースもあるようですので、広域交付の制度を利用しようとする場合、しばらくの間は、該当の役所に事前に問い合わせるほか、従来からある郵送請求を利用する等の対応も必要になりそうです。


Author

弁護士 間瀬 まゆ子(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:慶應義塾大学法学部法律学科卒、2000年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。鳥飼総合法律事務所からの独立を経て、2023年9月より現職。これまで多数の税務訴訟を取り扱ってきたほか、2016年より東京家庭裁判所にて、家事調停委員として、専ら遺産分割・遺留分等の相続に係る調停を担当している。近著に、『税理士が知っておきたい民法相続編 実務詳解』(大蔵財務協会、2023年)。

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