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ポイント解説・金商法 #8:サステナビリティ情報の開示(企業内容等の開示に関する内閣府令の改正)~コーポレートガバナンス・コードとの関係を踏まえて【後編】

前編では、開示府令改正の概要のほか、「サステナビリティ」とは何かということと、開示すべき構成要素までを説明しました(ポイント解説・金商法 #7)。今回は、その後編です。


2. サステナビリティ情報の開示の概要

(3)サステナビリティ情報における「戦略」と「指標及び目標」を記載しない場合

開示府令では「戦略」「指標及び目標」を記載しない場合、CGコードにおけるComply or Explainは取られておらず、記載しないことの判断理由の説明は求められていません。

もっとも、有価証券報告書は投資家のための投資情報であり、同業他社などとの比較において、記載がない場合においては、投資家からの質問は当然あり得るところです。

従って、重要性がないとして有価証券報告書等に「戦略」「指標及び目標」を記載しない場合でも、事業環境・事業内容を踏まえ、重要性がないと判断するに至った検討過程、理由、結論については、文書化した上で対外的に説明できるようにし、有価証券報告書にも記載をしておくことが望ましく(記述情報の開示に関する原則(別添))、記載しないこととした判断やその根拠について、開示を行うことが期待されています。

(4)サステナビリティ情報としての気候変動に関する開示

気候変動対応が重要であると判断する場合には、4つの構成要素の枠で開示することとなります。

そして、温室効果ガス(GHG)の排出量については、各企業の業態や経営環境などを踏まえた重要性の判断を前提とし、Scope 1(事業者自らによる排出)・Scope 2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)について、企業による積極的な開示が期待されています(記述情報に関する開示の原則(別添))。なお、排出量の算出方法について定義はありません。

また、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示をした場合、適用した開示の枠組みの記載を記載することとされています。

CGコード補充原則3-1③においては、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスクおよび収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきとされています。

なお、TCFD提言が「国際的に確立された開示の枠組み」とされているのは、TCFD提言では、気候変動による財務への影響の開示を求めていること、すなわち、本来は非財務情報である気候変動に係るリスクと収益機会を、具体的なシナリオ分析を用いることによって、その財務的なインパクトを図ることができるようにすることで、本来的には非財務的なリスクを定量化でき、投資判断に有益であることにあります。このように、サステナビリティ情報としての気候変動に関する開示を行う際は、財務上の影響を把握した上で開示することがポイントとなります。

(5)サステナビリティ情報としての人的資本と多様性の開示

サステナビリティ情報の4つの構成要素(①ガバナンス、②リスク管理、③戦略、④指標及び目標)のうち、

(a) 戦略の要素として、人材育成方針と社内環境整備方針
(b) 指標及び目標として、(a)で記載した方針に関する指標の内容並びにその指標を用いた目標及び実績

は、重要性の判断にかかわらず、記載が必要となります。

人的資本については、必要に応じて、従業員の状況の定量情報を定性情報で補足することが考えられるところです。

多様性の方は、数値による開示が義務化されているというのが特徴であり、従業員の状況の記載事項と相互に参照することが考えられるところです。

人的資本や多様性に関し、CGコードにおいても以下のとおり述べられています。

これらを踏まえると、人的資本については有価証券報告書等の開示の前提として、経営戦略に関する議論において、今の経営環境の下で経営戦略を推進・実行し、経営課題に対処するためには、

① どのような人材が必要になるのか
② 人材の獲得(新卒採用・中途採用)、人材の育成(その方法や期間、知識・経験・ノウハウの企業としての共有の方法)、活躍促進のための投資(インセンティブプラン、教育のための投資など)

といったことと関連して、人材育成の方針や社内環境の整備として雇用環境などをどのように整備するか、等を記載するということがポイントになるものと思われます。

また、多様性の内容については、女性の活躍推進は例示であって、各社の状況に応じて、経歴・年齢・国籍・文化的背景などの幅広い内容を含んでいます。なお、取締役会の多様性の確保については、原則4-11と補充原則4-11①において記載されていることから、ここは従業員についての取組みが念頭に置かれています。

人事戦略といった視点において、さまざまな人材の管理職レベルでの登用、中核人材の多様性確保に向けた取組方針、人材育成方針、社内環境整備方針などについて、測定可能な目標と併せて、審議して決定したことをコーポレートガバナンス報告書において記載されている会社も多いと思いますが、その重要な要素を有価証券報告書に記載の上、補足情報をコーポレートガバナンス報告書で書くということも考えられます。なお、2021年改訂のCGコードでは、中長期的な企業価値向上のためには、人材の多様性が重要であるとの認識のもと、取締役会や社外取締役の多様性のみならず、執行役員・管理職といった企業の中核人材のレベルにおける多様性も重要とされました。

ここで、「測定可能な目標」とは、CGコード改訂時のパブコメ回答252・253では、具体的な人数や割合等、特定の数値を利用して定めることのほか、「約」や「程度」という表現や、10~20といった範囲を用いて示す方法、現状の数値を示した上で、現状よりも増加させるといった目標を示す方法でも、「測定可能な」目標に含まれるとされていることが参考になります。

なお、サステナビリティ情報を開示する際は、①取組方針の策定、②取組方針に基づく計画とKPIの設定、③各KPIの進捗状況や達成状況について開示していくことが軸になります。例えば、CGコード補充原則2-4①も、①女性・外国人・中途再商社の管理職への登用等における多様性の確保についての考え方、②自主的かつ測定可能な目標を示す、③その状況を開示する、という構成となっています。

(6)将来情報と虚偽記載等

開示ガイドラインにおいて、「一般的に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がなされている場合には」、記載された将来情報と実際に異なる結果が生じた場合であっても、直ちに虚偽記載等の責任を負うものではない旨が示されました。

この規定の対象は、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「サステナビリティに関する考え方及び取組み」「事業等のリスク」および「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に限られています(「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)(平成11 年4月大蔵省金融企画局)」5-16-2)。

なお、開示ガイドラインの規定に従えば、常に免責されるものではなく、実際に民事・刑事の責任追及がなされる場合には裁判所により判断されることになることになります。もっとも、開示ガイドラインは行政上の解釈指針ではあることから、行政庁が決定する課徴金納付命令(証券取引等監視委員会の調査と勧告を踏まえて金融庁の審判を経て決定される)との関係でいえば、一定の意味を有することにはなろうかと思われます。

(6)公表書類の参照

開示ガイドラインにおいて、「サステナビリティに関する考え方及び取組み」「コーポレート・ガバナンスの概要」の記載については、規定事項を有価証券報告書等に記載した上で、補完する詳細情報について、「提出会社が公表した他の書類を参照する旨」を記載することができることとされました(「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)(平成11 年4月大蔵省金融企画局)5-16-4」)。この「他の書類」には、任意に公表した書類や他の法令・証券取引所規則に基づく書類も含まれますし、Webサイトも参照可とされています(ただし、更新する可能性がある場合には、その旨・予定時期を有価証券報告書に記載し、更新した場合には更新箇所や日時をWebサイトに記載し、公衆縦覧期間中は閲覧可能とするなど、投資者に誤解を生じさせないような措置を講じる必要があるとされていますし、有価証券報告書等の公衆縦覧期間中は、投資者が無償かつ容易に閲覧できることが望ましいともされています。)(※1)。

その上で、「他の書類」を参照した場合でも、参照先が有価証券報告書の一部となる訳ではない(参照方式における有価証券届出書で参照された臨時報告書等が有価証券届出書の一部になるのとは意味が異なる)とされ、参照先に虚偽表示等があっても、参照先に明らかに虚偽表示等があることを知りながら参照していた場合など、その書類を参照する旨を記載したこと自体が虚偽記載等になり得る場合を除き、直ちに、有価証券報告書の虚偽記載等の責任を負うものではないものとされています。この例外的な場合は、虚偽記載等になり得る事例を示すものにすぎず、一般的に免責する規定ではありませんので、有価証券報告書の記載と参照先の記載とが矛盾するなどしており、虚偽記載等に該当し得る場合も想定されます。

もっとも、参照先に誤りがあることは認識していても、それ以外の部分を明示して参照することであれば、この例外的な場合には該当しないとの考え方も示されています。

このような改正を前提とすると、各書類の性質に応じた使い分けと相互参照のやり方が重要となります。

有価証券報告書は、虚偽記載等の責任(※2)を負う法定開示書類であることから、記載情報の重要性や信頼度の高さを機関投資家が重視しているところになりますが、提出は期末後3カ月以内の年1回となります。

コーポレートガバナンス報告書の場合、定時株主総会後に更新して提出するだけでなく、機関投資家との対話などによってアップデートがあった場合にその都度更新できるものであり、迅速性や記載の自由度があります。

また、統合報告書等の任意開示書類については、更新時期やフォーマットの制限がなく、直接には虚偽記載等の責任を負わないというメリットがあります(※3)。

このように、サステナビリティ情報の開示に際しては、法定開示書類である有価証券報告書と、コーポレートガバナナンス報告書、そして、統合報告書等の任意開示書類のそれぞれの特徴や利便性を活かした開示を行うことが重要となります。

(※1)今までも有価証券報告書において、有価証券報告書以外の書類への参照は行われており、新たな開示ガイドラインは、これを禁止するものではないと考えられます。

(※2)金商法の民事責任は、無過失責任(または立証責任が転換された過失責任)等となっており、民法の不法行為責任より請求権者に有利になっており、また、課徴金や刑事罰の対象となります。

(※3)法定開示と矛盾抵触する場合には、法定開示について虚偽記載等に該当する可能性がありえますし、任意開示書類に虚偽表示等があれば、風説の流布として刑事罰の対象となる可能性はあります。

本稿において述べられた見解は、本稿記載時点における執筆者の個人的な見解であり、所属する法律事務所の見解を代表しまたは拘束するものではなく、個別事案に助言するものでもありません。


Authors

弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。

弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)、『支配株主・支配的な株主を有する上場会社における少数株主保護─東証「中間整理」の解説─』 (旬刊商事法務 、2020 年)、 『上場子会社のガバナンスの向上等に関する上場制度整備の概要』(旬刊商事法務、 2020年)等、著書・論文多数。

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