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IP UPDATE Vol.1「ざっくりさくっと令和3年著作権法改正法案」

2021年3月5日、著作権法の一部を改正する法律案が閣議決定され、国会に提出されました。著作権法は毎年のように改正する法律と言われており、実際、昨年に引き続き二年連続の改正となります。本稿では、その内容をいち早くざっくりさくっとご紹介します。

なお、文化庁が公表している関係資料は以下に載っていますので適宜ご参照下さい。

概要:著作権法の一部を改正する法律案(概要) (mext.go.jp)
説明資料:著作権法の一部を改正する法律案(説明資料) (mext.go.jp)
新旧対照表:著作権法の一部を改正する法律案(新旧対照表) (mext.go.jp)

1. 改正項目

今回の改正法案は大きく(1)図書館関係の権利制限規定の見直し、(2)放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化、の二つの内容からなります。なお、いずれも2月3日付の文化審議会著作権分科会の報告書(※)を受けたものですが、筆者(池村)はいずれについても、実質的な議論の場となったワーキングチームに、委員として関与しています。

(※)
「図書館関係の権利制限規定の見直し(デジタル・ネットワーク対応)に関する報告書
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/92818201_03.pdf

「放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化に関する報告書
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/92818201_02.pdf

2. 図書館関係の権利制限規定の見直し

こちらはズバリ、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた改正になります。

不特定多数の人たちが訪れる図書館は、緊急事態宣言下において休館を余儀なくされました。また、休館明けにおいても外出自粛やリモートワーク等の影響により、利用者、とりわけ高齢者等において「図書館に行きたくても行けない!」という状況が断続的に続いています。こうした状況下において、利用者としては実際に図書館に行かなくてもインターネットを通じて書籍等の所蔵資料(「図書館資料」)にアクセスできれば大変便利なわけですが、現行の著作権法には、以下のとおり色々と課題があります。

(1)現行法と課題

① 国会図書館による絶版等資料のインターネット送信
現行著作権法上、絶版等の理由で入手が困難な図書館資料(「絶版等資料」)について、国会図書館は著作権者に無断でデジタル化し、そのデータを他の公共図書館等にインターネット送信することができます(31条3項)。これにより利用者は、最寄りの公共図書館等に行けば、館内のパソコン画面を通じて、国会図書館が保有する絶版等資料のデジタルデータを見ることができます。

ただ、あくまで国会図書館がデータを送信することができる先は公共図書館等だけで、個別の利用者に送信することはできません。そのため、利用者が自宅や会社のパソコンからアクセスすることはできません。言い換えると、利用者は、公共図書館等まで行かなければ国会図書館が保有する絶版等資料のデジタルデータを見ることはできないわけです。

② 複写サービス
現行著作権法上、公共図書館等は、いわゆる複写サービスとして図書館資料の著作権者から許諾を得なくても、利用者の調査研究の用に供するため、図書館資料を用いて、著作物の一部を複製し、提供することができます(31条1項。なお、「著作物の一部分」とあるため、一冊丸ごとコピーしたりすることは許されません。一般的には「半分まで」と解されています。)。ここで、複写サービスにより作成されたコピーは館内で利用者に手渡しするのが通常ですが、利用者が希望すれば郵送することも可能です。他方、利用者にファックスで送信したり、PDFデータをメール送信したりすることはできません(著作権者の許諾を得ればできますが、現実問題として不可能です)。

これまでもこうした課題は度々指摘されていたのですが、法改正にまでは至っていませんでした。しかし、今般の新型コロナウイルス感染拡大により「図書館に行きたいけど行けない!」という状況になったことにより、こうしたことがすでに可能となっている諸外国の実例なども踏まえて、研究者等から、このような状況では十分な研究活動ができないという不満の声とともに、著作権法を改正すべきだという声が上がったわけです。

(2)改正案

① 国会図書館による絶版等資料のインターネット送信
改正案は、国会図書館が絶版等資料のデータを公共図書館等だけでなく、直接個々の利用者に対しても送信できるとしています(新31条4項)。これにより、利用者は自宅や会社等から国会図書館のウェブサイトを通じて絶版等資料のデータを閲覧できるようになります。なお、「絶版等資料」に当たるかどうかは、現に一般に新品や電子書籍で入手することが困難か否かによって判断されますが(3か月以内に入手可能になる場合は除かれます。新31条6項)、実務上は国会図書館や出版社等関係者間協議によって決められ、その結果、漫画や商業雑誌等は送信対象から除外されることになると思われます。

また、利用者は絶版等資料のデータを自ら利用するために必要な限度でコピーしたり、一定の範囲での公の伝達をしたりすることができます(新31条5項)。

② 複写サービス(図書館資料のメール送信等)
改正案は、公共図書館等は利用者の調査研究の用に供するため、所蔵資料を用いて、著作物の一部分(政令で定める場合は全部)をメールやファックスの方法で利用者に送信することができるとしています(新31条2項)。

もっとも、メール送信等を無制限に認めてしまうと権利者(著者、出版社等)に不利益を与えてしまいますので、条文上、以下のような要件が定められています。

(a) 著作物の種類等に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合の送信禁止
(b) 送信先は事前に氏名や連絡先等を登録した利用者に限定
(c) 送信するデータはコピーガード等の技術的措置を講じなければならない
(d) 責任者の配置や研修の実施等、一定の条件を満たす図書館等のみに適用

なお、(a)については、具体的な中身は今後関係者間で策定されるガイドラインで定められることになっており、(c)や(d)については、省令(著作権法施行規則)で詳細が定められることになっています。

また、利用者への送信を行う場合、公共図書館等の設置者は権利者に対し、補償金を支払うものとされています(新31条5項)。この補償金は、事実上は、利用者が図書館等に手数料として支払うことが想定されています。

補償金を図書館等から徴収し権利者への分配を行うのは、文化庁が指定する「指定管理団体」とされ(新104条の10の2第1項)、補償金の額は文化庁長官の認可が条件となっています(新104条の10の4第1項)。

補償金の料金体系や金額は、今後関係者間で検討が進められることになりますが、文化庁説明資料10ページに具体的なイメージが記載されています。

③ 施行日
①については公布日から1年を超えない範囲内で政令で定める日、②については公布日から2年を超えない範囲内で政令で定める日となっています。関係者間で協議をして決める事項が色々あることから、その状況を見つつ施行日が決められることになります。

3. 放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化

放送番組のインターネット同時配信等は、視聴者の利便性向上やコンテンツ産業の振興等の観点から非常に重要であり、より推進していくことがある種の国策として求められています。他方で、放送番組には多種多様かつ大量の著作物等が利用されていることから権利処理がネックとなって同時配信等が思うように進まないという現実があります。そこで、かかる状況を解消するために今回法改正が行われることになりました。

改正事項は大きく、①権利制限規定の拡充、②許諾推定規定の創設、③レコード・レコード実演の利用円滑化、④映像実演の利用円滑化、⑤協議不調の場合の裁定制度の拡充、の5項目になります。

まず、対象となる「同時配信等」については、放送と完全に同タイミングで配信される「同時配信」のほか、放送が終了するまでの間であれば冒頭から視聴ができる「追っかけ配信」、放送終了後も一定期間視聴が可能な「見逃し配信」を含む形で定義されています(新9条の7。なお、条文上は「放送同時配信等」という新たな用語が創設されています)。このうち見逃し配信については、週1の番組を念頭に1週間が基本とされていますが、月1の番組は1か月とするなど、柔軟に対応することが想定されています(新9条の7イ)。

なお、施行日はいずれも令和4年1月1日とされています。

(1)権利制限規定の拡充

現行法上、「放送」のみが対象となっている以下の権利制限規定につき、それぞれ「放送同時配信等」も対象に拡大されます。

①学校教育番組の放送等(新34条1項)
②非営利・無料又は通常の家庭用受信機を用いて行う公の伝達等(新38条3項)
③時事問題に関する論説の転載等(新39条1項)
④国会等での演説等の利用(新40条2項)
⑤放送事業者等による一時的固定(新44条)
⑥放送のための実演の固定(新93条)

これらの権利制限規定は、②を除き、放送事業者のみに関係する条文です。他方、②は放送番組の受信者に広く関係する条文です。具体的には、現行法上、例えばラーメン屋さんにテレビを置き、お客さんにテレビ番組を見せることは権利者の許諾なくできますが、改正後は、パソコンを置き、同時配信や追っかけ配信の形でお客さんに番組を見せることもできるようになります(なお、見逃し配信は対象外とされています)。

(2) 許諾推定規定の創設

写真やイラスト等の著作物を放送番組で使用する場合、放送局は権利者から放送の許諾を得ているわけですが、放送だけでなく同時配信等もするということであれば、本来そのことをちゃんと伝えた上で許諾を得る必要があります。ただ、一つの放送番組には多種多様かつ大量の著作物が使用されており、また、放送番組はかなりタイトなスケジュールの中で制作・放送されているのが実情です。そのため、使用する素材全てにつき、放送だけでなく同時配信等もするということをしっかり説明し、許諾を得ることは現実問題としてはなかなか厳しいものがあります。そして、権利者から明確に同時配信等につき許諾を得られていない素材については、放送はされるものの、同時配信等に際しては、モザイクをかけるといった処理がなされることになります(いわゆる「フタかぶせ」)。

そこで、改正法案では権利者が放送事業者に対し、放送の許諾を行った場合は、許諾の際に「同時配信等は認めない」「同時配信等は別契約が必要だ」といった意思表示をした場合を除き、同時配信等についても許諾をしたものと推定するとされています(新63条5項)。

(3)レコード・レコード実演の利用円滑化

現行法上、レコード(市販の音楽CD等の音源)やレコード実演(音楽CD等に収録された歌や演奏等)については、放送をする場合は、著作隣接権者から事前に許諾を得る必要はなく、事後的に使用料を支払えばよい一方で、同時配信等をする場合には、事前に許諾を得る必要があります。この点、実務上は、著作権等管理事業者による集中管理等が行われているレコードの場合はスムーズに許諾が得られる体制が整っていますが、そうでないレコードの場合は、許諾を得ることが困難だという問題があります。こうしたレコードの場合、放送には使用できても同時配信等では使用できない(音源の差し替え等を迫られる)困った事態になります。

そこで、改正法案では集中管理等の対象となっておらず、また連絡先等の情報も公表されておらずスムーズに許諾が得られないレコードやレコード実演につき、事後的に通常の使用料額に相当する補償金を支払うことで、同時配信等でも使用できると規定しています(新94条の3、新96条の3)。

(4)映像実演の利用円滑化

現行法上、映像実演(俳優の演技等)については、放送で利用する場合、実演家の著作隣接権者から事前に許諾が必要ですが、初回放送の許諾を得れば再放送についての許諾は不要で、追加報酬を支払えばよいと規定されています(94条)。他方、同時配信等につきこうした規定は存在せず、そのため、再放送する放送番組が同時配信等できない事態が生じてしまいます。

そこで改正法案では、放送番組を再放送する場合に同時配信等がしやすくするよう、以下の二点につき手当をしています。

まず、集中管理等の対象となっておらず、また連絡先等の情報も公表されておらずスムーズに許諾が得られない映像実演については、初回放送の同時配信等の許諾を得ている場合は、事後的に通常の使用料額に相当する補償金を支払うことで再放送の同時配信等にも使用できると規定しています(新93条の3)。

次に、初回放送時に同時配信等がなされておらず、初回放送の同時配信等につき許諾を得ていない場合は、実演家と連絡をするための所定の措置を講じても連絡がつかない場合には、文化庁長官の指定する著作権等管理事業者に対して予め補償金を支払うことで、再放送の同時配信等に使用できると規定しています(新94条)。

(5)協議不調の場合の裁定制度の拡充

現行法上、放送事業者が著作物を放送するに際し、権利者に許諾を得ようとしたものの協議が不調に終わった場合、文化庁長官の裁定を受け、通常の使用料額に相当する補償金を支払うことにより放送できるという制度があります。ただ、あくまでこの制度は放送についてのみ使える制度であり、同時配信等については使えません。

そこで改正案は、この制度を同時配信等についても使えるようにするとともに、著作隣接権についても使えるようにしています(新68条、新103条)。

なお、文化庁によればこの制度は過去一度も利用実績がないとのことですが、改正により利用されるようになるのか、要注目です。

4. 終わりに

改正法案が無事成立し、施行されれば、図書館サービスがより便利になり、また、テレビやラジオの同時配信等をパソコンやスマホ等を通じて楽しめるようになることが期待されます。

実際に改正法を運用するために必要となる詳細については政令、省令といった下位法令や関係者間の協議やガイドラインで詰めることが想定されていますので、改正法案の国会審議だけでなく、こうした動きについても注視をしていく必要があります。


Author

池村 聡(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年弁護士登録、第二東京弁護士会所属。2001~2018年マックス法律事務所(現 森・濱田松本法律事務所)、2009~2012年文化庁長官官房著作権課。2019年から現職。一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS) 理事(2019年~)、文化審議会著作権分科会 法制度小委員会 委員(2020年~)。

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