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有事下のガバナンス実務 #01:アクティビストによる調査者制度の濫用への懸念と対応

1. はじめに

近年注目されつつある、会社法316条2項に基づく調査者制度(以下「調査者制度」)について紹介します。

会社法316条2項は、少数株主が請求する株主総会決議により、会社の業務及び財産の状況を調査する者の選任を認めています。具体的には、株主が(典型的には不正等が疑われる)会社に対して、第三者による調査を要求し、株主総会で支持を得た場合に株主自ら指定する調査者による調査を実施させることができる制度です。

過去にも株主が、会社から独立した第三者による調査を求めるキャンペーンを実施する事案や、第三者委員会の設置を求める株主提案がなされた事案(*1)は存在しましたが、本稿で紹介する会社法316条2項に基づく提案ではありませんでした。しかし、2021年にエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(以下「エフィッシモ」)が、株式会社東芝(以下「東芝」)に対して、調査者制度を用いた株主提案を行って以降、調査者選任を求める株主提案は増えています(*2)。これは、東芝で選任された調査者による調査が、その後の東芝の企業経営に重大なインパクトを与えたこと、また近年、少数株主による株主総会招集請求事例自体が増加し(*3)、株主提案の手法が多様化する傾向にあることも影響していると考えられます。

調査者制度は、2021年まで利用された事例がほぼなかった(エフィッシモが東芝に対し請求するまで、調査者制度自体が広く認知されていなかったと推測される。)ために議論が蓄積されていませんが、制度として重大な問題点をはらんでいるため、アクティビスト等により濫用される危険性があります。

本稿では、まずは調査者制度の問題点を説明した上で、手続の流れ、実例を紹介し、少数株主から調査者選任を求められた場合の会社の対応等について考えてみます。

*1 2019年3月期世紀東急工業株式会社定時株主総会(第5号議案)。なお、定款変更を求める株主提案であるため特別決議が必要であり、調査者制度を利用するよりもハードルが高い。

*2 2021年東芝、2022年明治機械株式会社、2023年日本証券金融株式会社、東洋建設株式会社。ただし、東芝以降、株主総会で可決し調査者が実際に選任されるに至った事例はない。

*3 少数株主による臨時総会招集請求事例は、2020年3月期7件、2021年3月期14件、2022年3月期9件と徐々に増加傾向にある(磯野真宇「少数株主による臨時株主総会招集請求がなされた事例-2021年4月~2022年3月-」資料商事459号(2022)75頁等参照)。

2. 調査者制度がはらむ問題点

現状の結論として、調査者制度は株主にとって非常に都合がよく、会社にとっては問題の大きい制度になっています。

(1)中立性の問題

まず、調査者制度は、通常会社が委託する第三者委員会等による調査と異なり、提案株主が調査者や調査スコープを決定できること、また、調査者の報酬を提案株主が負担する可能性があることなどから、提案株主からの独立性が担保されておらず(*4)、調査者が株主の意向に沿った、株主に忖度した調査を行う可能性があります。

例えば、弥永教授は、調査者は提案株主からの独立性・中立性が担保されていない、と明確に指摘(*5)しており、上村教授は、東芝の調査に関し、調査者は巨額の報酬を支払うことのできるエフィッシモらの私的な調査者にすぎない実態になっているのではないかとの憶測が成り立つ状況にあると痛烈に批判(上村達男『東芝調査報告書に関する見解』(以下「上村論文」))しています。

*4 東芝含め実例では、株主提案において、「調査者が会社からも株主からも独立して調査する」と一応謳われている。

*5 弥永真生「東芝『会社法第316条第2項に定める株式会社の業務及び財産の状況を調査する者による調査報告書』をめぐる諸論点」ビジネス法務2021年11月号43頁(以下「弥永論文」)

(2)立法論の問題

また、調査者制度は、会社法358条に基づく業務財産検査役制度(以下「検査役制度」)と、条文の文言が一部全く同じ(「業務及び財産の状況を調査」)(*6)であることから、しばしば比較されます。この検査役制度を理解することは、調査者制度の理解に資すると思いますので、併せて紹介します。調査者は、少数株主が請求し、株主総会で選任される一方、検査役は、少数株主が裁判所に申し立て、裁判所が選任します。

調査者制度は、株主自らが調査者を誰にするか、また調査の方法を提案できる上、調査を監督する機関等が存在しないのに対し、検査役制度は、裁判所が中立の立場で調査者を選任し、実質的に裁判所が調査を監督する立場にある点、さらに、調査者制度は、株主総会決議の他に選任の要件が定められておらず、検査役制度と異なり、会社に不正、法令違反の疑いがあることの立証が求められず、条文上は調査事項に限定がないという点で、大きく異なります。

会社法の条文上同等の調査権限が認められている両制度の間で、ここまで大きな違いがあることには合理性が欠けているように思われ、立法論上の批判が見られます(*7)。

*6 株式会社の業務の執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときは、次に掲げる株主は、当該株式会社の業務及び財産の状況を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをすることができる(会社法358条1項)。

*7 316条2項を358条に統合すべきとする見解が存在する(松井秀征「いわゆる『調査者』制度について」監査721号(2021)20頁(以下「松井論文」))。

(3)小括

以上の点は、調査者制度が株主が調査に影響力を与えやすいため、株主にとって非常に都合がよい制度であることに繋がります。

極端にいえば、提案株主にとっては自身に繋がりのある弁護士を調査者に選任し、結論ありきの調査を実施させることも可能であるし、(役員の選解任にかかるエンゲージメントも併せて行っているような)支配権維持を目的とする株主であればなおさら、現状の事例の蓄積の少なさも相まって、アクティビスト等に濫用される危険性があると考えられます。東芝の調査報告書は、まさにこうした調査者制度の問題点が顕在化した事例であったといえます。

【参考】調査者制度と検査役制度の違い

3. 手続の流れと調査者の権限

次に、手続の流れを確認します。

(1)調査者が選任されるにいたるまで

会社法316条2項には、以下のとおり規定されています。

【会社法316条2項】
第297条の規定により招集された株主総会においては、その決議によって、株式会社の業務及び財産の状況を調査する者を選任することができる。

前段の「第297条の規定により招集された株主総会」とは、一定の要件(総株主の議決権の3%以上の株式を保有すること、招集請求まで6ヶ月以上引き続き保有すること(会社法297条1項))を満たす少数株主の株主総会招集請求を受けて、会社が開催する、または当該少数株主が裁判所の許可を得て開催する株主総会をさします。

すなわち調査者は、少数株主の請求により開催される臨時株主総会の決議によってのみ選任が認められており、会社が毎年開催する定時株主総会では、かかる調査者選任を求める株主提案は認められません(*8)。

会社法297条に基づき、少数株主自らが裁判所の許可を得て開催する株主総会の実務上の留意点については、以下の記事で解説していますので、ご関心のある方はご参照ください。

会社法316条2項には、以上の他、調査者選任のための要件は規定されていないものの、実務上は調査者の選任を求める以上、提案株主が調査事項を特定することが必要と考えられているようです(松井論文23頁)。

近年、実際に株主から調査者選任が提案された事案では、過去の株主総会が公正に運営されたか否かや、過年度決算・有価証券報告書の虚偽記載の有無、取締役の善管注意義務違反の有無等といったように、提案株主が会社に対して抱いている疑念や問題を主張することと併せて当該疑念の調査を行う調査者の選任を求めるという形で、株主提案が行われています(*9)。

東芝その他の実例では、共通して提案株主が調査の目的事項の他、調査を実施する者(*10)、調査および報告の方法、調査者の報酬等を指定して提案していますので、今後もかかる実務は踏襲されていくと推測します。

そして、株主提案が株主総会で過半数の賛成を得た場合(調査者選任議案は、会社法上普通決議による(会社法309条1項))、調査者の選任議案が可決され、調査者が選任されます。

それでは、選任された調査者は、何を、どこまで調査する権限を有するのでしょうか。

(2)調査者選任後 -調査者は、何を、どこまで調査できるか-

会社法316条2項によれば、調査者は「株式会社の業務及び財産の状況」を調査するとのみ規定され、その権限の範囲は明確でありません。

実際に調査が実施された東芝の事例を参考にする限り、調査者は株主総会の議案となった調査の目的事項に関連して、必要と認める一切の事項の調査を実施することができる上、さらに調査者の判断で調査スコープを拡大・変更できるとされています(*11)。

この肝心の調査の目的事項や調査スコープは、(1)でも触れたとおり、近年の事例では提案株主が指定しています。

つまり、株主総会が調査の必要を認め可決した場合、(株主提案の修正等がない限り)調査の対象および調査スコープは、実際上、株主が指定するままになってしまうということです。

東芝で調査者が実施した調査では、過去の株主総会が公正に運営されたものとはいえないと結論付けられました。

調査者は、役員や従業員からヒアリングやメールフォレンジック等を駆使し、詳細な認定を行っています。2021年6月に調査報告書が公表され、直後の定時株主総会では会社側提案の取締役候補者の再任が否決されており、調査結果が株主の議決権行使に影響を与えた可能性もあり、調査者の選任が企業経営に与えた影響は極めて大きいものであったといえます。なお、東芝の調査に対しては、調査の目的事項が一義的に明確ではなかったために調査権限の範囲が曖昧な状態でなされたとの批判(弥永論文参照)の声もあります。

つまり、提案株主が指定する調査の目的事項が一義的に明確でない場合、当該株主または株主が指定する調査者の裁量により、容易に会社にとって望ましくない部分まで調査の手が及ぶ可能性があるということです。

なお、調査者の選任後、会社が調査に協力をしない場合には、調査報告書において公表される可能性があり、また、会社法上も会社が「調査を妨げたとき」には過料の対象とされるため(会社法976条5号)、会社としては、調査に合理的に必要な限度では協力する必要があると考えざるを得ないと思われます。

調査の終了に際しては会社法上の直接の規定はありませんが、調査者は通常、株主総会に対し調査結果を報告し、また、調査報告書を公表することになると考えられます。

少数株主から調査者選任の提案を受けた場合には、以上のとおり、調査者の選任が企業経営に対し深刻な影響を及ぼし得ることを理解した上で、慎重に対応しなければなりません。

*8 他方、会社法316条1項は、定時株主総会を含む株主総会一般における調査者の選任を認めているが、調査の対象が、「株主総会に提出・提供された資料」に限定されている点で、「株式会社の業務・財産の状況」を調査することのできる316条2項の調査者とは異なる制度である。

*9 調査者制度は、明治32年商法において、監査役が(例えば監査の過程等で何らかの問題を発見し、特に会社の業務や会社財産についての調査の必要が生じた場合に)招集する臨時株主総会において、会社の業務及び会社財産の状況を調査する検査役の選任を認められていたことに由来し、商法下で監査役に認められていた権限が少数株主にスライドしたと解されている(松井論文21頁参照)。

*10 調査者には、弁護士が候補者に指定されることが多いが、会社法上は資格制限があるわけではない(森本滋「上場会社の少数株主による総会招集請求と会社法316条2項(下)」商事2282号(2021)47頁)。

*11 東芝調査報告書7頁には、「調査者は、その判断により、必要に応じて、調査スコープを拡大、変更等を行うことができ、この場合には、調査報告書でその経緯を説明する。」と記載されている。

4. 会社のあるべき対応と今後の展開

(1)会社の対応

少数株主から調査者選任を求められた場合の会社の対応としては、①株主総会の招集請求、②株主総会、③調査者選任後、の各段階でそれぞれの対応方法を考えることになります。

①招集請求段階での対応
招集請求の段階では、例えば、株主の主張する調査に必要性がなく、逆に調査の実施により企業価値が害されるといった反論や、会社法が要求する臨時株主総会招集請求の要件を欠く場合には当該観点からの反論をすることになります。最終的には、裁判所の判断に委ねられます。

②株主総会での対応
株主総会では、株主の賛否が決定的に重要ですので、委任状勧誘の対応・株主への説明が中心となります。株主が調査を求める事項について、株主総会の招集前等に会社側で独立第三者による調査を実施し、調査結果をもって、調査者の選任が不要であると株主に真摯に説明するという対応をとり、実際に株主提案が否決された事例(2022年3月1日明治機械株式会社臨時株主総会第4号議案)もあり、参考になります。その他、提案株主に対して調査者候補者との関係性や候補者選定の経緯を質問し、株主からの独立性の証明を求め、必要な範囲でやり取りを他の株主に対しても公表することなども考えられます。

③選任後のしかるべき対応
調査者選任後は、上述のとおり、調査への非協力や妨害行為は公表・過料の対象になり得るため注意が必要ですが、調査の範囲は、株主総会が決定した調査の目的事項に合理的に必要な範囲に限定されるべきですので、調査に対する社内体制を構築し、調査者が要請する資料やヒアリングの範囲が真に調査の目的事項にとって合理的に必要か否かを精査し、その限度で協力をするという対応が必要になります。また、調査の開始にあたり、調査者との委任契約等において、調査報告書の公表を除く厳格な守秘義務、調査期間中、特定株主との接触禁止を誓約させることなども調査の中立性確保のため必要な対応であると考えています(*12)。

*12 また、事後的な争いであるが、東芝に関しては、調査者を選任する株主総会決議について、多数株主の意のままに株主総会決議を除く一切の根拠なく調査を認めることが公序良俗違反として決議無効確認の訴えの事由を構成するとの指摘もある(上村論文)。

(2)今後の展開

以上のとおり、調査者制度は調査者の権限の不明確さに代表されるように制度上の問題点が大きく、また、東芝のような実例に鑑みるに、企業経営に対し重大なインパクトを及ぼし得る制度であり、会社にとっては脅威といえます。

東芝以外にも、近年の調査者選任を求める株主提案の実例をみる限り、アクティビスト等が経営権獲得を企図して、調査を実施し会社の内部情報を得ることによる経営陣の粗探しや経営陣への圧力、また、経営陣へのネガティブキャンペーンによる他の株主への印象操作等を図る目的で申し立てているように外部からは見えるケースもあります。

一般株主としても、こうしたアクティビスト等の動きは中長期的な企業価値向上に繋がらず、むしろ企業価値の破壊を招く危険性がある点に注意して議決権を行使するべきです。

今後も本企画では、実務の最新動向を解説していきます。


Authors

弁護士 鍵﨑 亮一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2002年弁護士登録(東京弁護士会所属)。02年~11年牛島総合法律事務所、12年~17年株式会社LIXIL法務部、17年~18年LINE株式会社法務室勤務を経て、19年1月から現職。

弁護士 小林 智洋(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2017年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。17年~19年渥美坂井法律事務所・外国法共同事業を経て、19年10月から現職。会社法を専門とし、株主提案・経営権争い等の有事対応、M&A、訴訟・紛争、スタートアップの法律相談等を取り扱っている。


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