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【速報】IP UPDATE Vol.4「令和5年著作権法改正案」

1. はじめに

2023年3月10日、著作権法の一部を改正する法律案(以下、「本改正案」)が閣議決定され、国会に提出されました。

筆者は、現在、文化庁著作権課で国際著作権参与として勤務しており、今回の改正の議論等にも関与したところ、これまでの議論等も踏まえ、改正案の内容を速報でいち早くご紹介します。

本改正案に関し文化庁が公表している資料は以下です。

著作権法の一部を改正する法律案の概要
著作権法の一部を改正する法律案 新旧対照条文

本改正案は、大きく以下の3つの事項からなります。

① 著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設等
② 立法・行政における著作物等の公衆送信等可能とする措置
③ 海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し

これらはいずれも、令和4年度の文化審議会著作権分科会法制度小委員会で議論され、令和5年1月30日の同委員会で了承された「第22期文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書」(以下、「文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書」)の内容を受けたものです。

文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書【概要】
文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書

本改正案が無事成立した場合、①の施行日は公布日から3年を超えない範囲で政令で定める日、②③の施行日は、令和6年1月1日とされています。

なお、令和3年度の文化審議会著作権分科会法制度小委員会で議論がなされ、「独占的ライセンスの対抗制度及び独占的ライセンシーに対し差止請求権を付与する制度の導入に関する報告書」が取りまとめられた独占的ライセンシーに対する差止請求権の付与については、本改正案には盛り込まれていません。

2. 各改正事項の内容

① 著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設等

<改正の経緯・概要>
現在、誰でもインターネットを通じて著作物等を簡単に公表することが可能であるところ、公表されている著作物等の中には、商業的に公表・販売されている著作権者等が明らかなコンテンツだけではなく、著作権者等が不明であったり、著作権者等の許諾可否に関する意思が確認できなかったりするコンテンツも多数存在します。こうしたコンテンツを利用する場合であっても、著作権法上、著作権者等の許諾は必要です。

もっとも、許諾が得られない著作物等を一切利用できないのでは不都合があることから、現行法では、著作権者等不明等の場合の裁定制度(第67条)が設けられており、文化庁長官の裁定を受けることにより、著作物等を利用することが可能です。しかし、裁定手続の負担が重いことや、利用できるようになるまでに時間がかかることなどが課題となっています。

さらに、著作権者等のメールアドレスやSNSのアカウント等は発見できたが、メールやDMを送信しても返答がないといったケースでは、権利者不明とは評価できないため、上記の裁定制度を利用できないといった問題もあります。

そこで、上記のような多種多様な著作物等について、窓口組織を活用することにより、簡素で一元的な権利処理を実現し、こうした問題を解消する方策が議論されてきたところです。

本改正案は、以下に解説するとおり、著作物等の利用の可否や条件に関する著作権者等の「意思」が確認できない著作物等について、一定の手続を経て、使用料相当額を支払うことにより、著作権者等からの申し出があるまでの間、当該著作物等の時限的な利用を認める新しい裁定制度を創設するものとなっています(新第67条の3)。

新裁定制度は、既存の裁定制度よりも著作権者等の意思確認の要件・手続を緩和する一方で、著作権者等が事後的に申し出ることにより、利用を停止させることが可能になっています。また、スピーディーな利用を実現するため、文化庁長官による指定を受けた民間の窓口組織が手続事務を担うことが想定されています。

一方、既存の裁定制度については、厳格な手続を要件とすることで、事後的に著作権者等が現れても利用を停止されることがなく、安定的に利用できるという独自の意義があることから、廃止されることなく引き続き存続します。ただし、こちらも本改正案では、手続の簡素化・迅速化を図るため、新裁定制度と共通の窓口組織を活用することを可能としています。

なお、新裁定制度についても既存の裁定制度と同様、著作隣接権についても準用されます(新第103条)。

詳細は以下のとおりですが、上記のとおり、この改正事項の施行日は、公布日から3年を超えない範囲で政令で定める日とされ、ほかの改正事項よりも遅くなっています。これは、新裁定制度の実施には、民間の窓口組織や権利情報データベースの整備、および新裁定制度の十分な周知が必要となるためです。

文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書【概要】 8頁

<新しい裁定制度-未管理公表著作物等に関する裁定制度の新設>
まず、新裁定制度が活用できる著作物等は、「未管理公表著作物等」とされています(新第67条の3第1項)。

この「未管理公表著作物等」は、本改正案により新たに創設された概念であり、公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提供されている事実が明らかである著作物(「公表著作物等」。新第67条第1項柱書)のうち、次のいずれにも該当しないものと定義されています(新第67条の3第2項)。

著作権者等としては、権利を保有する著作物等が「未管理公表著作物等」に該当すると、新裁定制度の下でライセンス契約なしに利用される可能性が生じることから、これに該当しないよう、適切な措置を講じておくことがポイントとなってきます。

・ 当該公表著作物等に関する著作権について、著作権等管理事業者による管理が行われているもの(例:JASRACが管理している楽曲)

・ 文化庁長官が定める方法により、当該公表著作物等の利用の可否に係る著作権者の意思を円滑に確認するために必要な情報であって文化庁長官が定めるものの公表がされているもの
→ 「文化庁長官が定める方法」については、著作物等、公式ウェブサイト、データベース、検索エンジン等を活用した手続が想定されています。
また、「利用の可否に係る著作権者の意思を円滑に確認するために必要な情報であって文化庁長官が定めるもの」については、「利用の禁止」、「複製・公衆送信禁止」等の記載がある場合や、利用条件を示したガイドライン・利用規約が公開されている場合、「利用の際は事前に許諾を得てください」等の記載がある場合、クリエイティブコモンズマーク等が記載されている場合や、著作権者等による利用許諾申請窓口や申請フォームが用意されている場合等が想定されています。
なお、市場に流通していない、いわゆる「アウトオブコマース」と呼ばれるコンテンツ(例:絶版書籍等)については、審議会における議論では、過去に公表された時点で「複製禁止・転載禁止」の記載が示されていることのみをもって新裁定制度の対象外とすべきではない等の意見も示されており、その取り扱いについては今後文化庁において慎重な検討が予定されています。
いずれにせよ、これらの具体的な内容については、施行日までに文化庁長官告示という形で公表されることになります。

新裁定制度においては、未管理公表著作物等は、以下の要件を全て満たす場合文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当する額を考慮して文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託することで、利用が可能となります(新第67条の3第1項)。

・ 当該未管理公表著作物等の利用の可否に係る著作権者の意思を確認するための措置として文化庁長官が定める措置をとったにもかかわらず、その意思の確認ができなかったこと
→ 「文化庁長官が定める措置」に関しては、著作権者等へのメール送信やインターネットでの公示といったものが想定されており、施行日までに文化庁長官告示という形で公表されることになります。

・ 著作者が当該未管理公表著作物等の利用を廃絶しようとしていることが明らかでないこと
→ 著作者がその作品の利用を廃止すべく、自費で回収をしているといった例が考えられます。「著作権者」ではなく「著作者」となっている点に注意が必要です。

なお、補償金に関しては、後述の「指定補償金管理機関」が補償金管理業務を行っている場合には、指定補償金管理機関に支払えば足り、供託の手続をとる必要はありません(新第104条の21第2項)。

また、補償金の額は、文化審議会に諮問の上、文化庁長官が決定することとされていますが(新第71条第2号)、後述の「登録確認機関」が確認等事務を行っている場合には、文化審議会への諮問を経ずに、登録確認機関の使用料相当額の算出結果を考慮して決定することになります(新第104条の33第2項、第4項)。

補償金は、著作権者等が現れれば著作権者等に支払われることになりますが、現れない場合、著作権等の保護や著作物等の利用円滑化、創作振興等に資する事業のために使用されることになります(新第104条の22)。

新裁定制度における裁定では、著作物等を利用することができる期間が定められることになっており(新第67条の3第4項第2号)、3年が上限とされています(新第67条の3第5項)。したがって、3年を超えて利用を希望する場合、再度、新裁定制度の申請をするか、既存の裁定制度の活用を検討する必要があります。

文化庁長官は、新裁定制度の裁定をしたときは、その旨及び裁定に関する事項(対象コンテンツのタイトルや利用方法等)を、インターネット等によって公表しなければなりません(新第67条の3第6項、第67条第8項)。これは、著作権者等に新裁定制度による利用を認識させる機会を与えるという趣旨に基づきます。

そして、著作権者等が新裁定制度利用者からの協議の求めを受け付けるために必要な措置を講じた場合(連絡先の公表等)、文化庁長官は、著作権者等の請求により、新裁定制度利用者に弁明等の機会を与えた上で、裁定を取り消すことができます(新第67条の3第7項)。

<指定補償金管理機関・登録確認機関>
新裁定制度の手続事務を担う民間の窓口組織は、(i)補償金管理業務(補償金の受領や著作権者等への支払等の業務。新第104条の20)を行う「指定補償金管理機関」と、(ii)確認等事務(申請の受付や未管理公表著作物等の該当性の確認、使用料相当額の算出の業務。新第104条の33)を行う「登録確認機関」の2つが規定されています。指定補償金管理機関と登録確認機関とを一つの組織が兼ねることも認められます。

なお、指定補償金管理機関については、改正後の著作権法第6章第1節(新第104条の18から第104条の32まで)、登録確認機関については、同第2節(新第104条の33から第104条の47まで)に関連規定がまとめられています。

<既存の裁定制度の整備>
本改正案においては、既存の裁定制度についてもスピーディーな利用を可能にするため、窓口組織の活用が図られています。具体的には、新しい裁定制度と同様、指定補償金管理機関が補償金管理業務を行っている場合には、補償金は指定補償金管理機関に支払えば足り、供託の手続をとる必要がなくなります(新第104条の21第2項、第67条第1項)。

そのほか、現行法第70条に規定されている手続等に関する事項が、新第67条第4項以降に移動して規定される形になっています。

② 立法・行政における著作物等の公衆送信等を可能とする措置

<改正の経緯・概要>
デジタル化・ネットワーク化に対応した取り組み(いわゆるDX対応)が推進される中、現行法では立法・行政における第三者の著作物等の利用について、紙媒体によるものが念頭に置かれており、デジタル・ネットワーク環境下での利用に支障がある(権利者から許諾を得ないと利用できない)という問題が指摘されていました。そこで、本改正案で以下の対応がなされることとなりました。

<立法・行政の目的のための内部資料としての著作物の公衆送信等>
現行法第42条、第47条の7では、立法・行政の目的のために内部資料として必要な著作物について、著作権者等の許諾を得ることなく複製や譲渡を行うことが認められていますが(例:紙媒体でのコピーおよび関係者への配布)、公衆送信等は権利制限の対象とはなっていません。

そこで、本改正案では、複製に加え、内部資料を利用する者との間で公衆送信を行うこと及び受信装置を用いて公に伝達することが新たに認められています(新第42条)。

具体的には、国会や行政庁の組織内部においてメールやクラウドを利用して第三者の著作物を含む資料を回覧したり、パソコンのモニターに表示させ閲覧させたりすることにつき、著作権者等の許諾を得る必要がなくなります。

なお、改正後も公衆送信等が認められるのは、内部資料として必要と認められる場合に、その必要と認められる限度であり、運用上ライセンス市場等の既存のビジネスを阻害しないこと等に留意することが求められます。

<行政審判手続・行政手続のための著作物の公衆送信等>
裁判手続については、民事訴訟手続のIT化に伴う著作物等の公衆送信等に関し、令和4年の民事訴訟法等の改正において、著作権法の改正も合わせて行われましたが、その他の手続等の整備は未了でした。

そこで、本改正案では、行政審判手続に必要な公衆送信等(新第41条の2第2項)、および特許審査等の行政手続に必要な公衆送信等(新第42条の2第2項)を新たに認めています。

関連して、現行法では、裁判手続のための利用に関しては、第42条第1項が、特許審査等の行政手続等のための利用に関しては、同条第2項が規定していますが、本改正案では、前者は第41条の2、後者は第42条の2という形で独立した条文として規定されています。

なお、訴訟以外の裁判手続(民事執行・民事保全・倒産・家事事件等の手続)における著作物等の公衆送信等については、裁判手続のIT化のための各種制度改正に併せて規定が整備されることが予定されています。

③ 海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し

<改正の経緯・概要>
著作権法は、著作権者等の立証の負担を軽減すべく、著作権等の侵害に対する損害賠償額について各種の算定規定を置いています(第114条)。しかし、近年の海賊版サイト等による著作権侵害の被害の増加に対し、さらなる実効的な対策の必要性が高まっています。

この点、損害賠償額の算定方法の規定は、特許法等にも同等の規定が存在するところ、特許法等では令和元年に権利保護をより図るため、算定方法の規定が改正されています(特許法について、同法第102条第1項、第4項)。この改正の趣旨・内容は著作権法にも妥当することから、本改正案では同様の見直しがなされることとなっています。

<ライセンス機会の喪失による逸失利益の加算>
現行法第114条第1項では、著作権侵害に基づく損害賠償の際の損害額の算定方法として、

(i)侵害者の譲渡等数量 ×(ii)権利者の単位数量当たりの利益の額

を、権利者の販売等の能力に応じた額を超えない限度で、権利者が受けた損害の額とすることができるとする一方で、(i)の数量を権利者が販売することができない事情があるときは、これに相当する数量に応じた額が減額されると規定されています。

この点、権利者側の販売能力が高くない等の事情で損害額が減額される場合でも、当該減額相当分について権利者側がライセンスすることができた以上、その分の使用料相当額も第114条第3項により損害額として請求できるという考え方がありました。しかしながら、著作権者等が現行法第114条第1項に基づく請求をした場合に、この「ライセンス機会の喪失による逸失利益」が損害額として認められるか条文上明らかではなく、実務上も見解が分かれていました。

そこで、本改正案では、新第114条第1項において、

  • 権利者の販売等の能力に応じた数量を「販売等相応数量

  • 譲渡等数量の全部又は一部に相当する数量を権利者が販売することがでないとする事情があるときの当該事情に相当する数量を「特定数量

と定義し、以下の合計額を権利者の損害額とすることができるとしました。

・(販売等相応数量-特定数量)× 権利者の単位数量当たりの利益の額(新第114条第1項第1号)※現行第114条第1項と同じ

・{(譲渡等数量-販売等相応数量)+ 特定数量}に応じたライセンス料相当額(新第114条第1項第2号)

要するに、(販売等相応数量-特定数量)が、著作権者等が販売できると評価される数量であり、現行法第114条第1項は、下図の黒実線枠で囲まれた部分のみが損害額として明記されていたところ、本改正案ではこれに加え赤点線枠で囲まれた部分も損害額として明記されています。


文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書【概要】 14頁

ただし、譲渡等数量のうち販売等相応数量を超える数量や特定数量について、ライセンス機会を喪失したと認められない場合には、新第114条第1項第2号のライセンス料相当額を損害額と擬制することは適切ではないため、これを合計することは認められません(同号括弧書き)。例えば、正規品(元の著作物)にない付加要素が大きく、元の著作物の貢献が認められない場合等がこれに当たると考えられます。

<ライセンス料相当額の考慮要素の明確化>
現行法第114条第3項では、「著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(いわゆるライセンス料相当額)を損害額として請求できるとしています。

当該ライセンス料相当額については、「通常受けるべき」金額という限定はないため、侵害が行われたという事情を斟酌すれば、そのライセンス料は通常のライセンス料(相場)よりも当然高額となることが想定されます。しかし、条文上、こうした事情を考慮することができるかは明らかではなく、実務上もこうした事情が十分に斟酌されて損害額が算定されているかは定かではありませんでした。

そこで、本改正案は、こうした事情を考慮できることを明らかにするため、第114条第1項第2号および第3項のライセンス料相当額の認定に当たって、権利者が「自己の著作権…の侵害があったことを前提として当該著作権…を侵害した者との間でこれらの権利の行使の対価について合意をするとしたならば」得ることとなる対価を考慮できる旨を規定しています(新第114条第5項)。

3. 終わりに

本改正案が成立・施行されれば、これまで利用が困難であった著作物等にも利用の道が開け、著作物等の利用がより活発化することや、立法・行政等における業務の効率化等が期待されます。他方で、著作権等の侵害に対してはより実効的な救済が図られ、利用者としては著作物等を正しい方法で利用することが動機付けられることが期待されます。

なお、制度の詳細や運用については、今後省令や告示で明らかになる点も少なくなく、そうした点についても引き続き留意が必要です。


Author

弁護士 大出 萌(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2017年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)
2017~2021年アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業、2021年6月から現職。著作権法をはじめとする知的財産法分野の案件を中心に扱う。2022年4月より文化庁著作権課に国際著作権参与として勤務(~現在)、著作権行政にも携わる。


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