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税務UPDATE Vol.10:損害賠償請求権の益金計上時期

1. はじめに

税務UPDATE Vol.9:重加算税の実務③「隠蔽・仮装行為の主体」において、隠蔽・仮装行為の行為者が役員や従業員(以下「従業員等」といいます。)である場合として、従業員等により横領等の不正行為(以下「従業員不正」といいます。)が行われるケースを取り上げました。

従業員不正の場合の論点として、当該不正を行った従業員等に対する損害賠償請求権の益金計上時期の問題があります。法人が従業員不正により損害を被ると、当該法人は不法行為に基づく損害賠償請求権として、当該従業員等に対し不正によって生じた損害額相当の債権を取得します。

損害賠償請求権の取得時期については、法的にはその損害が発生したとき、すなわち不法行為の場合であれば、不法行為の時点(従業員が不正を行った時点、例えば、横領であれば横領の時点)で損害賠償請求権を取得することになります(民法709条)。

他方、損害賠償請求権の税務上の処理については、通常の(従業員等以外の他の者に対する)損害賠償請求権であれば、その支払いを受けることが確定した日の属する事業年度等において益金計上することとされており(法人税基本通達2-1-43)、裁判において勝訴が確定した日の属する事業年度や実際に弁済を受けた日の属する事業年度等において益金計上されています。

このように、損害賠償請求権については、その法律的な発生時点と税務処理の時点がずれることになりますが、従業員等による横領等の不法行為の場合においても、通常の損害賠償請求権と同様に支払いを受けることが確定した日の属する事業年度等に益金計上すればよいでしょうか。

この点につき、従業員不正の場合には通常の税務処理と異なる議論がありますので、今回は従業員不正の場合の損害賠償請求権の益金計上時期について見ていきます。

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2. 考え方

(1)問題の所在

例えば、ある事業年度において外注費として経理処理していた金額について、実は従業員等が法人の金員を横領しており、それを架空外注費として経理処理していたことが税務調査で発覚した場合の処理は以下のようになります。

① 外注費として経理処理していた金額につき、外注費の過大計上として横領された事業年度の損金の額から減額(法人税法22条3項の「損金の額」に該当しない)

② 当該外注費相当額につき横領による損失額として、横領された事業年度の損金の額として計上(同項3号の「損失の額」)

③ 不法行為によって取得した損害賠償請求権(益金の額)

① (プラス)および②(マイナス)の処理のみでは、損益が発生しないことになりますが、ここで問題となってくるのが③です。

この③を、②と同じく横領された事業年度の益金の額に計上しなければならないとすると、②の損失が発生していたとしても、これと同額の③の損害賠償請求権による益金の発生によって、②および③の処理では、所得額に変動を生じないことになり、同額の①の損金の減額分が課税処分の対象となり得ます。

そのため、損害賠償請求権の益金計上時期が重要となってきます。

(2)収益の計上時期

法人税法において、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資本等取引以外の取引に係る収益の額とするとされており(法人税法22条2項)、当該事業年度の収益の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すべきものとされています(同条4項)。

したがって、ある収益をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり、これによれば、収益はその実現があったとき、すなわちその収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと考えられています(最判平成5年11月25日民集47巻9号5278頁)。

このように、法人の収益の年度帰属については権利確定主義の考え方が採られており、損害賠償請求権の益金計上時期に関する代表的な考え方としては2つの考え方があります。

(3)損害賠償請求権の益金計上時期

【同時両建説】
不法行為による損失について当該損失が発生した事業年度の損金の額に算入するのと同時に、損害賠償請求権も同事業年度の益金の額に算入する。
理由:不法行為により損害を受けた時点で損害賠償請求権を取得する(民法709条)という私法上の法的基準に合致する。

【異時両建説】
損失については当該損失が発生した事業年度の損金の額に算入するが、損害賠償請求権についてはその額が具体的に確定した事業年度の益金の額に算入する。
理由:損害の発生と同時に取得する損害賠償請求権は観念的・抽象的な債権であり具体的に確定したものではない。

両説に基づく具体的な経理方法の違いについて、従業員不正を前提に具体例を挙げると以下のとおりとなります。

【例】
・法人A(3月決算)の従業員(経理担当)は、令和2年11月(令和3年3月期中)に、架空外注費として2000万円を計上することにより、同額を横領した。

・令和3年11月(令和4年3月期中)に法人Aに対する税務調査が行われたところ、税務調査において上記事実が判明し、法人Aは従業員を解雇した上、令和3年12月に当該従業員に対し、損害賠償請求を行った。

・従業員からは、令和4年5月(令和5年3月期中)に一部返済(1200万円)の申出があり、法人Aは従業員と和解をして1200万円の支払を受けた。また、法人Aは、従業員の資産状況等を考慮し、残金800万円については貸倒損失として処理した。

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このように、同時両建説では、横領された事業年度である令和3年3月期において、損失(②)と損害賠償請求権(③)の両建てで経理を行うことになり、損益が同時に計上されることとなりますので、この説に立つと、外注費の減算額(①)の2000万円分利益が過少申告されていたこととなり、横領発覚により課税処分が行われることになります。

これに対し、異時両建説は、損失(②)については令和3年3月期に計上されますが、損害賠償請求権(③)については、令和3年3月期ではなく、税務調査で横領が発覚した事業年度である令和4年3月期に計上されることになり、過年度(令和3年3月期)の処理としては損益に変更がありませんので、課税処分は行われない(今期(令和4年3月期)において損害賠償請求権額を計上すればよい)ことになります。

3. 通常の損害賠償請求権の場合

上記のとおり、損害賠償請求権の益金計上時期については2つの説がありますが、従業員不正以外の場合の損害賠償請求権の益金計上時期については、通達により明らかにされています。

損害賠償請求権の益金計上時期に関する法人税基本通達2-1-43では、「他の者から支払を受ける損害賠償金の額は、その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には、これを認める」として、「他の者から支払を受ける損害賠償金」について、同時両建説による考え方ではなく、支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度としており、さらに弾力化して実際に支払を受けた日の属する事業年度に益金の額に算入することも認められています。

それでは、従業員不正の場合も、「他の者から支払を受ける損害賠償金」に該当し、本通達の適用があるのでしょうか。

この点、広島地判平成25年1月15日(税務訴訟資料263号順号12126)は、上記通達について、「一般に不法行為に基づく損害賠償請求権は、突発的・偶発的に取得する債権であり、不法行為の相手方の身元や損害の金額その他権利の内容、範囲が明らかでないことが多いのが通常であるという点に基づくものと考えられる」、「もっとも、法人の役員や従業員等内部の者により、法人に対する不法行為がなされた場合には、…相手方の身元や損害の金額その他権利の内容、範囲が明らかでないのが一般的であるとはいえないから、上記不法行為に基づく損害賠償請求権の一般論は、必ずしも法人内部の者にも妥当するものではな」く、「法人自身による行為なのか、法人の役員等による個人的な行為なのか峻別しにくい場合があるものと考えられ、このような法人内部の者による不法行為も含めて、通達により、一律に支払を受けた時期を基準として益金算入日を決するという取扱いをすることは合理的でない」として、「通達の『他の者』には、法人内部の者は含まれないものと考えるのが合理的」と判示しています。

したがって、従業員不正の場合には同通達の適用はなく、個別の判断が必要となります。

4. 従業員不正の場合

それでは、従業員不正の場合の益金計上時期についてはどのように理解されているのでしょうか。関連する裁判例をご紹介します。

(1)最判昭和43年10月17日(税務訴訟資料53号659頁)

法人の会計担当役員で代表取締役であった者が、業務上保管していた金銭を着服し、経費に仮装して計上していた事案において、当該判決は「横領行為によつて法人の被つた損害が、その法人の資産を減少せしめたものとして、右損害を生じた事業年度における損金を構成することは明らかであり、他面、横領者に対して法人がその被つた損害に相当する金額の損害賠償請求権を取得するものである以上、それが法人の資産を増加させたものとして、同じ事業年度における益金を構成するものであることも疑ない 」として、同時両建説を採用しています。

(2)東京高判平成21年2月18日(税務訴訟資料259号順号11144)

法人の経理部長等として、外注費の支出書類の作成およびその支払手続業務を一任されていた従業員が、架空外注費を計上する方法で金銭を詐取した事案において、当該判決の原審である東京地判平成20年2月15日(税務訴訟資料258号順号10895)は「権利が法律上発生していても、その行使が事実上不可能であれば、これによって現実的な処分可能性のある経済的利益を客観的かつ確実に取得したとはいえないから、不法行為による損害賠償請求権は、その行使が事実上可能となった時、すなわち、被害者である法人(具体的には当該法人の代表機関)が損害及び加害者を知った時に、権利が確定したものとして、その時期の属する事業年度の益金に計上すべきものと解するのが相当である」として異時両建説の考え方を示しています。

これに対し、控訴審判決では「権利の確定とは、権利の発生とは同一ではなく、権利発生後一定の事情が加わって権利実現の可能性を客観的に認識することができるようになることを意味するものと解すべきである」として、「不法行為による損害賠償請求権については、通常、損失が発生した時には損害賠償請求権も発生、確定しているから、これらを同時に損金と益金とに計上するのが原則である」として、同時両建説が原則であることを示しました。もっとも、「不法行為による損害賠償請求権については、例えば加害者を知ることが困難であるとか、権利内容を把握することが困難なため、直ちには権利行使(権利の実現)を期待することができないような場合があり得るところである。このような場合には、権利(損害賠償請求権)が法的には発生しているといえるが、未だ権利実現の可能性を客観的に認識することができるとはいえないといえるから、当該事業年度の益金に計上すべきであるとはいえないというべきである」として、異時両建説が例外として認められるとしています。そして、その判断に当たっては「税負担の公平や法的安定性の観点からして客観的にされるべきものであるから、通常人を基準にして、権利(損害賠償請求権)の存在・内容等を把握し得ず、権利行使が期待できないといえるような客観的状況にあったかどうかという観点から判断していくべきであ」り、納税者の主観は問題とすべきではないとしています。

上記のとおり、従業員不正の場合における現在の裁判例およびこれに従った実務としては、同時両建説を原則としつつ通常人を基準として損害賠償請求権の存在や内容等を把握し得ず、権利行使が期待できないといえるような客観的状況にあったと認められる場合には、例外的に異時両建説が認められています。また異時両建説が認められる場合においても、上記通達の規定とは異なり、法人が損害および加害者を知ったとき(すなわち従業員不正の発覚時点)で益金計上を行うこととなっています。もっとも、従業員等により何らかの不正が行われたことが発覚したとしてもその損害額等の詳細は明らかではないといったケースも存在するところ、どの時点で権利行使(権利の実現)の期待が認められるかはケースバイケースとなります。

5. 損害賠償請求権が回収不能な場合

上記のように従業員不正の場合に同時両建説を原則とすると、不法行為発生事業年度において損害額の全額を一旦益金計上することとなります。しかし、従業員不正の場合には従業員等において横領等により取得した金員を費消してしまっているケースも多くあり、実際には損害額の全額を従業員等から回収できるケースは多くありません。

そのような場合、税務上、回収できない額を貸倒損失として損金の額に算入する(法人税法22条3項3号)ことができるのでしょうか。

この点、従業員不正による損害賠償請求権については、前記4(1)でご紹介した最判昭和43年10月17日において、「横領行為のために被った損害額を損金に計上するとともに右損害賠償請求権を益金に計上したうえ、それが債務者の無資力その他の事由によってその実現不能が明白となったときにおいて損金となすべき旨の原判示は、犯罪行為のために被った損害を損害賠償請求権の実現不能による損害に置き換えることになるものであるが、犯罪行為に基づき法人に損害賠償請求権の取得が認められる以上、その経理上の処理方法として十分首肯しうるものといわなければならない」として、回収可能性について貸倒損失の問題として処理することを示しています。

また、貸倒損失として計上するための要件については、最判平成16年12月24日(民集58巻9号2637頁)が、「法人の各事業年度の所得の金額の計算において、金銭債権の貸倒損失を法人税法22条3項3号にいう『当該事業年度の損失の額』として当該事業年度の損金の額に算入するためには、当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解する」と判示しており、当該判例を踏まえると、貸倒損失として損金の額に算入するためには全額回収不能であることが客観的に明らかである必要があります。

さらに、法人税基本通達9-6-2では、「法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになった事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる」と定められています。

また、前記4(2)においてご紹介した東京高判平成21年2月18日においても、「損害賠償請求権がその取得当初から全額回収不能であることが客観的に明らかであるとすると、これを貸倒損失として扱い、法人税法22条3項3号にいう当該事業年度の損失の額として損金に算入することが許される」として、「全額回収不能であることが客観的に明らかであるといえるかどうかは、債務者の資産・負債の状況、支払能力、信用の状況、当該債権の額、債権者の採用した取立手段・方法、取立てに対する債務者の態度・対応等諸般の事情を総合して判断していくべきものである」と判示しています。

債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかというためには、上記のように資産・負債の状況等を勘案して、もはや一部の弁済も受けられないという状況であることを確認しなければならず、不法行為発生事業年度に従業員等から回収が困難であることを理由に容易に貸倒損失として処理することはできないため注意が必要です。

6. ポイント

以上の裁判例や通達を踏まえると、従業員等による不法行為に基づき発生する損害賠償請求権の益金計上時期等については、以下のように考えられます。

【原則】
同時両建説:不法行為が発生した事業年度に計上する。

【例外】
異時両建説:不法行為当時の客観的状況に照らし、通常人を基準にしても、損害賠償請求権の存在・内容等を把握し得ず、権利行使が期待できないといえる場合には、不法行為が発生した事業年度の益金に計上しなくてよい。

【全額回収不能の場合】

全額回収不能であることが客観的に明らかになった時点において、貸倒損失の問題として処理する。

【法人税基本通達2-1-43】

法人の従業員等の場合には適用されない。

損害賠償請求権の益金計上時期について、異時両建説によるべきと主張するためには、法人が従業員等の不法行為を把握し得たのか否かを検討することが重要となります。そして、その検討に当たっては同様の立場にある法人において、不法行為により損害が発生した事業年度に把握し得たかを判断することになります。

その際、考慮することとなる事情として、以下のようなものが考えられます。

・法人の規模や特性
・従業員等の地位や権限、実際の業務内容
・内部管理体制の構築、実践状況
・不法行為の金額、期間、回数等

上記の事情は、重加算税の実務③ において、重加算税の隠蔽・仮装行為の主体につき、「納税者本人の行為と同視することができる」か否かの判断でポイントとなる事情と重複しています。そのため、上記の事情等を総合考慮し、法人が従業員等の不法行為により損害が発生した事業年度において、当該不法行為を把握し得たといえる場合、すなわち同時両建となる場合には「納税者本人の行為と同視することができる」との認定も可能となり、重加算税が賦課され得ることになります。

7. まとめ

今回は、従業員不正の場合に発生する損害賠償請求権の計上時期を取り上げました。

計上時期については、課税庁としては同時両建すべきと主張し、納税者である法人としては異時両建によるべきと反論することになると思われます。

その際に適切に反論を行うことができるように、同様の規模・特性の法人の取組を参考に、不法行為を発見、防止するための内部管理体制の構築、実践を行っておくことが重要になると考えられます。


Author

弁護士 迫野 馨恵(弁護士法人三浦法律事務所 名古屋オフィス 法人カウンセル)
PROFILE:2007年弁護士登録(愛知県弁護士会所属)、11年~16年東海財務局理財部において金融証券検査官、16年~21年名古屋国税局調査部調査審理課において国際調査審理官として勤務(いずれも特定任期付職員)。21年9月から現職。

弁護士 山口 亮子(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2005年弁護士登録(2020年再登録、第二東京弁護士会所属)、18年~20年東京国税局調査第一部調査審理課において国際調査審理官(特定任期付職員)として勤務。20年7月から現職。

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