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中国最新法令UPDATE Vol.12:中国独占禁止法の改正動向①~日本企業間のM&Aでも問題となり得る事業者集中の届出~


1. はじめに

2022年8月1日に改正独禁法が施行され、国家市場監督管理総局(以下「当局」といいます。)は、同法の公布に合わせて、独占禁止法の6つの重要な下位規則の改正に向けた意見募集草案を公表しました(改正独禁法および6つの下位規則の意見募集稿については、以下をご参照ください。)。

【中国最新法令UPDATE】
Vol.8:中国独占禁止法改正の概要①
Vol.9:中国独占禁止法改正の概要②
Vol.10:中国独占禁止法改正の概要③

以降、6つの下位規則は次々と公布・施行され、それぞれの公布日・施行日は下表のとおりです。

これらの下位規則の中でも、M&Aに付随して問題となりやすいのが、直近に改正された「国務院による事業者集中の届出基準に関する規定」(以下「本届出基準規定」といいます。)および「事業者集中審査規定」(以下「本審査規定」といいます。)です。そこで、今回の記事では、前回記事のアップデートとして、これらの下位規則の重要な改正ポイントや実務上の留意点について紹介します。

2. 事業者集中届出基準の改正ポイント

(1)届出基準の重要性

事業者集中の届出は日本の独占禁止法でいう企業結合の届出に相当するものであり、今回の改正は中国国内外でM&Aを行う際にインパクトが生じ得ます。日本国内のM&Aであり、中国国内に子会社や支店がない場合であっても、買主と対象会社の中国向け売上高が大きいような場合には、事業者集中の届出が必要となる可能性があります。また、事業者集中の届出が必要となる場合、ディール全体のタイムラインに影響し、TOBによる株式取得では公告日等の調整が必要となる場合があります。そこで、事業者集中の届出の要否の判断が重要となり、ディール担当者においては届出基準を正確に理解しておくことが求められます。

中国での届出基準については、改正独禁法自体に具体的な規定はなく、本届出基準規定で定められていますので、当該規定内容を把握しておくことが重要です。

(2)本届出基準規定の改正内容

本届出基準規定の改正に向けた意見募集草案では、重要な改正点として、①届出基準値の引上げと②新たな基準(対象会社の市場価値・評価額や対象会社の中国売上が全世界売上に占める割合)の導入が特徴とされましたが、2024年1月22日に施行された実際の改正規定では、①の改正点は採用されましたが、草案における基準よりも売上高の基準値が大幅に引き上げられ、また、②の新たな基準に係る改正は採用されませんでした。改正前届出基準改正草案での届出基準および改正後届出基準の比較は下表のとおりです。

本届出基準規定は既に施行されましたが、改正前届出基準と改正後届出基準の適用場面に関するルールは明らかにされていません。例えば、本届出基準規定の施行前にM&Aに係る契約の効力が生じたが、クロージングはまだされていない取引について、どちらの届出基準を適用するのか、今後の当局の解釈や法執行の動向に留意が必要です。

(3)届出基準に関する売上高の計算

届出基準を満たすか否かの判断に当たっては売上高の計算方法がポイントとなります。売上高の計算方法について法令等で以下のようなポイントが定められています。

①「売上高」には、当該事業者の前会計年度内における製品販売及びサービス提供による収入が含まれ、関連する税金及び付加税は控除される(本審査規定9条1項)。

②「前会計年度」とは、事業者集中に係る契約の締結日の前事業年度をいう(本審査規定9条2項)。

③「中国国内」とは、事業者の製品又はサービスの買主の所在地が中国国内であることをいい、事業者が中国以外の国又は地域から中国へ輸出する場合を含むが、事業者が中国から中国以外の国又は地域へ輸出する製品又はサービスを含まない(「事業者集中の申告に関する指導意見」(中国名:关于经营者集中申报的指导意见)5条2項)。

なお、2024年1月31日、当局のホームページで、「事業者集中申告ガイドライン」(中国名:经营者集中反垄断申报指导手册)が公表されました。当該ガイドラインでは、売上高の計算ポイントなど事業者集中の届出に関するよくある質問に対する回答がまとめられており、届出基準の検討の際に参考になります。

3. 事業者集中審査規定の改正ポイント

本審査規定は事業者集中の届出に対する当局の審査基準について定めたものであり、2023年4月15日に改正規定が施行されました。実際の改正内容では、意見募集草案で示された審査期間計算の中止や届出基準未満の場合を含む事業者集中に関する規定について、より詳細なルールが定められています。

(1)審査期間計算の中止

改正独禁法では、事業者集中審査期間計算の中止制度(Stop the Clock)が設けられました(32条)。当該制度は、法定の審査期間(最長で180日)では不十分であると判断された場合に、届出の取下げおよび再届出を強いられる事業者の負担を解消するため、審査期間延長の必要性がある場合に審査期間の計算を一旦中止するものです。

本審査規定では、当該制度の適用ルールについて具体的に定めており、詳細は下表のとおりです(24条~26条)。なお、中止の開始時点は当局が中止決定を下した日、審査の再開時点は期間計算の中止の原因となった状況が消滅した日とされています(23条)。

(2)届出基準未満の場合

改正独禁法および本届出基準規定では、届出基準を満たさないが、競争を排除・制限する(又はその可能性がある)事業者集中について、当局が事業者に対して申告を求めること(独禁法26条2項、本届出基準規定4条)や、当該申告に応じない場合の当局の調査義務(独禁法26条3項、本届出基準規定5条)について規定されています。そのうち、当局が事業者に対して申告を求める際の手続に関して、本審査規定でより詳細に定められており、ポイントは以下のとおりです。

①当局は事業者に対し申告を求める際、書面による通知が必要となる(8条2項)。

②事業者が当局より申告を求められた場合、①事業者集中がまだ実施されていない場合には、申告して承認を得るまではこれを実施してはならず、②事業者集中が既に実施された場合には、書面による通知を受領した日から120日以内に申告しなければならず、かつ事業者集中の実施を一時的に停止する等の必要な措置を講じ、競争に及ぼす悪影響を軽減しなければならない(8条2項)。

③事業者集中の実施の有無は、事業者の登記又は権利変更の登記の完了、高級管理職の任命、経営決定及び管理への実際の参加、他の事業者とのセンシティブな情報の交換、事業の実質的な統合等により判断される(8条3項)。

④届出基準を満たさないが、競争を排除・制限する効果がある(又はその可能性がある)事業者集中を発見した者は、当局に書面により意見を述べ、関連する事実及び証拠を提供できる(43条1項)。

上記のように、届出基準を満たさなくても、当局に申告を求められると、取引の実施または全体のタイムラインに影響を及ぼすため、事業者は、行われている事業者集中が競争を排除・制限する(又はその可能性のある)ものではないか慎重に検討する必要があります。判断が難しい場合、当局に事前相談することも考えられます。

なお、2024年1月31日に行われた当局の記者会見(以下「記者会見」といいます。)では、届出基準を満たさない事業者集中案件の取り扱い規則の策定に向けてさらに検討が進められている旨の発表もなされており、今後の当局の動向が注目されます。

(3)簡易案件手続の公示期間

事業者集中の届出の審査期間は、取引のタイムラインにも影響を与えるので、日本企業の関心が高い点の一つです。

そこで、本審査規定では、簡易審査が適用される事業者集中審査案件(以下「簡易案件」といいます。)について、公示期間を10日とすることを明記しています(21条1項)。当該公示制度は、正式受理後に当局の公式ウェブサイトにおいて事業集中案件の概要を公表し、第三者からの意見等を募集するものであり、公示期間内に特段の意見等が述べられなければ、届出の承認に向けて手続が進められる場合が多いです。

なお、記者会見での当局の回答によると、簡易案件の審査期間について、事業者の申告から正式受理まで原則として20日以内、正式受理から審査終了まで原則として20日以内という当局の内部基準を述べています。

4. おわりに

以上、事業者集中について、届出基準および届出審査のポイントを紹介しました。
次回の記事では、「反競争的合意禁止規定」を含む、他の下位規則の重要な改正点を紹介します。


Authors

弁護士 大滝 晴香(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2014年東京大学卒業、2016年早稲田大学大学院法務研究科修了。中華人民共和国江蘇省徐州市出身。日本企業のM&A案件における中国当局への独禁届出や日中間の紛争、契約交渉案件、プラットフォームビジネスにおける法規制を主に担当。

弁護士 袁 智妤(三浦法律事務所 外国法弁護士(中国))
PROFILE:2018年中国法律職業資格取得。2018年中国華東政法大学卒業、2021年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2021年7月から現職

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