一番大切なのは「好き」を育むこと ー 角野美智子 #大切なことを思い出させてくれる話
人気のピアノ教室を主宰する角野美智子さん。
美智子さんがピアノを教えるときに大切にしていることがあります。
それは音楽への「好き」を育むこと。
まだ駆け出しだった美智子さんに、このことの大切さを気づかせてくれたのは、Kちゃんという生徒でした。
20代、美智子さんはピアノコンクールを上手に利用して、子どもたちの実力を伸ばしていました。
美智子さんのところに通っていたKちゃんもまさにそんな生徒の一人。
お母さんもとても熱心な人で、3人3脚でKちゃんのピアノレッスンを進めていました。
Kちゃんは、コンクールに挑戦すればするほど、めきめきと実力がついてきて、親も先生もびっくりするほどでした。
「こんな小さいのにもうそんなに難しい曲が弾けるの!?」
そうやって褒められることが多い子でした。
そして、小学校6年生になったとき、Kちゃんは大きなコンクールでグランプリを獲得。
メディアのインタビューを受けることになりました。
「グランプリおめでとうございます!音楽は好きですか?将来は何になりたいですか?」
記者にマイクを向けられたKちゃん。質問にこう答えました。
「音楽は好きじゃないです。絵を描くのが好きだから、将来は画家になりたい」
Kちゃんのこの答えに周囲は苦笑い・・・
美智子さんは身体から血の気が引いていく様でした。
普通はこういうとき、ピアノの先生になりたいとか、音楽をやりたいとか、音大に行きたいとかって答えるものじゃないの・・・?
何より、これだけの才能と実力があるのにKちゃんがピアノを続ける気がないなんて。
結局、Kちゃんのインタビューの受け答えには、ピアノのピの字も出てきませんでした。
コンクール後、美智子さんは動揺してよく回らない頭で考えました。
どうして、Kちゃんはピアノを好きじゃなくなってしまったのか。
自分は一体どこで間違えてしまったのか・・・。
Kちゃんは真面目に先生やお母さんの言う事を聞いて練習している子でした。
自分が上達することや褒められることが嬉しくなかったわけではありません。
でも、楽しんだり、ワクワクする気持ちを置いてけぼりにしたまま、ただ上手くなるために音楽と向き合ってきてしまったのでした。
お母さんと先生から言われたからやってきた音楽。
結局「自分がやっている」という感覚がないままKちゃんは6年生になってしまいました。自我が芽生えてくる頃です。
私にはもっとほかに好きなことがある!と主張したくなる年齢になり、そう素直に主張しただけでした。
Kちゃんの本当の心を見られていなかったのは、先生である自分でした。
「どれだけ力があっても、好きな気持ちが無ければいつか破綻が訪れる。」
美智子さんがKちゃんとの出来事で気付いたことでした。
これほど才能があるKちゃんに音楽の楽しさを伝えられなかった自分を責め、しばらくはKちゃんのショックから立ち直れませんでした。
しかし、他にもたくさんの生徒がいます。この子達に同じ経験をさせるわけにはいきません。
美智子さんは、自分自身の指導方針と、家庭での環境づくりとの両方の大改革に取り組みました。
何よりも、一番大切なことは「好き」という気持ちを育むこと。それを心に刻み込みました。
その子にあった興味関心と、ピアノ練習を組み合わせるという新しい形を、美智子さんは試行錯誤して作り上げていきます。
数が好きな子には練習をゲーム感覚にして、ポイント制で楽しませたり、絵本が好きな子には曲の雰囲気をストーリーにして伝えたり。
そして、家庭でも音を楽しむということを前提に、ダンスをしたり、音の合ってっこゲームをしたりして、感性の土台づくりをすることをお母さんたちには促してきました。
何十年も経ったいまも美智子さんは、Kちゃんのことを忘れられません。
Kちゃんは、音楽を教えるうえで一番大切なことを教えてくれたから。その失敗を活かして、日々「好き」を育むレッスンを自分自身も楽しんでいます。
参照:はなまる子育てカレッジ 講演角野 美智子氏 × 笹森 壮大「音楽の力で子どもの『感性』を育む」
※Kちゃんは仮称です。
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