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Heaven(2話) ――どんな未来になったとしても、僕らは誰かを想うだろう 【連載小説】 都築 茂

「君たちも、入っていいよ。」
大人たちが中を確認した後に声がかかり、僕らは建物の中に入った。ガラスでできた左右に開く扉は壊れているのか開きっぱなしで、入口をふさいでいた木の板は大人たちが入る前に外して扉のそばにおいてある。中に入るともう一つ同じように開きっぱなしの扉があって、布で入口が覆われていた。
「今日はここで寝るから、薪を集めてくる。君たちは、少し休んでいていいよ。」
そう言って大人たちは外へ出ていき、僕らは雨で湿ったマントを脱いだ。部屋の中央にはテーブルといくつかの椅子があって、壁際にはベッド代わりにできそうな大きめの木のベンチがいくつも並べてあった。僕らそれぞれは荷物を降ろして椅子やベンチに座ったけれど、みんな何だか落ち着かなかった。
「ここ、何だろうな。」
タケルが言った。タケルは漁師である父親の仕事をよく手伝っていて、真っ黒に日焼けしている。いつも冗談を言っては白い歯を見せて笑うタケルが、今日は冗談も笑顔もない。
「わからないけど、これだけたくさん大きな建物があるのに、人が誰もいないっていうのが不思議だよ。」
そう言って、大きく目を見開いて見せたのはアキだ。アキは、華奢で体も小さいけれど体力は人一倍ある。今日も、六人の中で一番元気そうだ。
僕がそのとき考えていたのはタケルやアキの不安とは少し違っていて、この街や建物がどうやって作られたか、ということだった。僕らの村にある建物はせいぜい三階建てまでで、こんなに高い建物はない。この高さの建物を作る技術を知っている人間は、村にはいないだろう。僕はふと、村の図書館で読んだ古い物語を思い出して、入口の布の外へ出てみた。右手の奥にとってのない扉が二つあり、扉の上にはB1、1、2、3…と8までの数字が並んでいた。二つの扉の間には、上と下の矢印が描かれたボタンがあった。
そのとき、大人のうちの一人が戻ってきた。手には折れた枝や根っこのようなものをたくさん抱えている。
「どうした?ユウヤ。」
「マサトさん。これってもしかして、エレベータってやつですか…?」
僕の視線の先を見て、マサトは微笑んだ。
「よく知ってるな。電気もないし、古くて動かないけどな。」
マサトは、枝や根っこをその場におろしながら言った。
「この街のことは、今夜みんなに話すよ。それがこの旅の目的だからな。」

外は小雨が続いていて、夕暮れは早く、辺りはすぐに闇に包まれた。
建物の入り口には大きく張り出した屋根があって、僕らはそこで火を焚いた。集めてきた薪は湿っていて役に立たず、建物の中にあった残り物の木材を使った。夕食には持ってきた米を炊いて、干し肉や木の実を食べた。大人たちがどこからか汲んできた水を、煮沸して白湯も飲んだ。雨の中を長時間歩いて冷えた体が、じんわりと温かくなった。
「さてと。」
大人のうちの一人、カズマが言った。
「今日この街を見て、みんなそれぞれ聞きたいこともあると思うけど、毎年ここで話していることを、まずは話そうと思う。」

――― 3話へつづく


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