Heaven(19話) ――どんな未来になったとしても、僕らは誰かを想うだろう 【連載小説】 都築 茂
カンナはもう他のことを考えている様子で、窓の外を見ている。
僕も窓の外に目を向ける。相変わらず細かい粒の雨が降り続いていて、空は灰色と言うよりは白に近い雲の色で、天気のわりに外は明るい。
雨の粒を目で追っていると、この無数の雨粒一つ一つに、全く同じものはないだろうなと思う。雨に濡れた草や、時々震えるように揺れる木の葉も、同じような瞬間を繰り返しているように見えるけど、全く同じではない。
カンナは黙ったままで、ただ窓の外を見ている。朝から日暮れまでほとんどの時間を外で過ごすカンナは、つばの広い麦わら帽子をかぶっていても、僕と同じくらい日焼けしている。
僕らは同い年というだけで、子供の頃から何をするにも一緒だった。カンナはいつも真っすぐで意思が強くて、自分で決めたことを頑固なまでにやり通す性格だった。意志が弱くて、何を決めるにも自信がない僕は、そんなカンナがとてもまぶしく見えた。
だけど、目の前で窓の外を見つめるカンナは、どこか心許ない感じがする。その横顔は迷いと決意とか、寂しさと思いやりとか、いろんな感情が入り混じっているようで、大人びて見える。朝、いつも畑で手を振るカンナなのに、僕は遠目で気が付かなかったのだろうか。
しばらく言葉を探して迷った末、僕はカンナに聞いた。
「そっちこそ、何か変わったことあった?」
「え?」
そっちこそ、と言うには間が空いていたからか、カンナは戸惑った顔をしたまま数秒考えた後に微笑みながら言った。
「ああ。うん、まあ、いろいろあることはあるけど。なんていうか、まあ、大丈夫。」
カンナはそう言ったけど、何だか笑顔がいつもより弱々しい気がして、僕は重ねて言った。
「僕でできることがあったら、いつでも言えよ。まあ、頼りないだろうけど、話を聞くくらいなら、いつでもするし。」
カンナはさっきよりも嬉しそうに笑った。
「そんなことないよ、ユウヤは。ありがとう。」
そのとき診察室のドアが開いて、さっきの二人がドアの中に向かってお礼を言いながら出てきた。二人が待合室を通って病院の外へ出ていくと、シンジが出てきた。
「待たせてごめん。入って。」
僕とカンナは診察室の中に入り、僕は脇にある椅子に座った。
カンナは立ったままで薬草の包みを机の上に開き、これはあれ、こっちはあれ、と乾燥させた薬草の説明をした。それぞれの包みには、カンナの字で薬草の名前が書いてある。
「あの、どうしても欲しいって言っていた例のヤツが、見つからないの。私の探しているような場所には自生していないのかも。」
シンジは棚からノートを取り出してパラパラとめくり、例のヤツ、が載っているらしいページを開いた。横からのぞくと、本から書き写したのだろう。薬草のスケッチと、メモがぎっしりと書いてあった。
「“林や斜面を覆うように生育する。繁茂力が高く、森林を衰退させてしまうことがある。”って本には書いてあるから、生えていればすぐわかると思う。
これは頭痛にも発熱にも効くし、風邪の始めにも良くて、痛み止めの効果もある。効き目は穏やかで弱いけど小さい子供も飲めるから、安定して手に入れられるといいんだけど。」
シンジはメモを目で追いながら話してから、カンナを見る。この顔をされるとカンナは弱いな、と僕は思った。頼られると、どこまでも頑張ってしまう性質なのだ。
「行ったことのない場所も探してみようと思う。時間は掛かるけど、任せて。」
そう言ってカンナは、シンジのノートを復習するように読み始めた。
僕は横からのぞいて、スケッチの絵を見る。葉の形や生育の様子などを見て、もしそれらしいのを見たらカンナに教えてやろう、と思う。
「今日は返す本はないんだ。」
シンジが残念そうに、僕に言った。
「時間があって、寄ってみただけだから。この後は図書館に行くけど、何かあれば。」
シンジは、しばらく考えた後、メモを書き始めた。
「自分でまた探しに行こうと思っていたけど。薬の具体的な作り方が書いてある本を探していて、どうも、昔は自分で薬を作るのは禁止されていたみたいで、成分とか原料とかは載っていても、具体的な作り方がなかなか見つからない。」
シンジが差し出したメモには、“漢方薬”“薬効成分の抽出”“配合”“保管”と書いてある。
「ユウヤみたいに視野の広い人が探したら、見つかるかも。」
横からカンナが口を出して、シンジがうんうんとうなずく。
僕が?視野が広い?と心の中で突っ込みを入れながら、メモを受け取る。
「さてと、帰ろうかな。」
カンナがノートをシンジに手渡して、疲れを吹き飛ばすように首をぐりぐりと回した。
「あるかどうかわからないものを探すんだから、気長にいかないとね。」
またくるね!と元気良く手を振ってカンナはドアを開け、僕はじゃあな、とメモを持ったままの手を振った。
待合室を通って外へ出ると、雨はやんでいた。
ーーーー20話へつづく
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