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Heaven(9話) ――どんな未来になったとしても、僕らは誰かを想うだろう 【連載小説】 都築 茂

2年後。
僕らは旅の後、それぞれに仕事を選び、毎日忙しくしている。
僕の朝は、火を起こすことから始まる。かまどに火が入ると、妹のハルが水の入った鍋を持ってきて、かまどに置く。ハルはいったん家に戻り、しばらくすると芋や野菜を載せたまな板を持ってきて鍋に入れる。今日は干し肉も割いて入れている。火の番は僕、具材の用意はハルと決まっている。
僕らの両親は、食堂で調理の仕事をしていて、朝はほとんど家にいない。村の食堂は誰でも利用できて、独身だったり、親を亡くして学校で寝泊まりしている子供だったり、朝食の準備をする暇のない仕事をしている人だったり、利用者は何らかの理由がある人が多いけど、特に理由がなくてもいい。前日までに申し込んでおけば用意しておいてくれるし、突然行っても大人数でなければ何か料理してくれる。両親は2人とも朝食と昼食が担当で、夕食の仕込みまでを手伝ってから夕方早めに帰ってくる。だから、朝食は兄弟だけだ。具だくさんの汁物が定番で、片づけと火の始末をすると、僕は仕事に、ハルは学校に行く。家の中にもかまどはあるけど、雨が降っていなければ外のかまどを使うことにしている。
「お兄ちゃん、今日はどこで仕事?」
ハルが熱い芋に、ふうふうと息を吹きかけながら聞く。
「今日は屋根の点検をして回るから、あちこちに行く。学校の近くにも行くかも。」
ハルは、ふうんと答えて、芋をぱくりと口に入れた。
「もうすぐ、雨の季節だからな。」
雨が降っていると、雨漏りの修理は断然むずかしくなる。晴れている日が多い時期に、村中の家をひと通り点検しておくのも、大工の仕事だ。
村の建物は、ほとんどが屋根も壁も木で作ってあるから、経年劣化する。点検して問題があれば、修理が必要だ。僕が思っていたよりも、大工の仕事は忙しい。
村では、さまざまな仕事があって、技術や知識が次の世代へ受け継がれていくように、年齢や人数を考えて人を補充している。タケルとシンジは希望通り、それぞれ漁師と医師の仕事に就いた。コウイチは、父親と一緒に森や林の管理をしていて、最近は、鷹匠の訓練なんかもしている。カンナは「やってみたいことが多くて困る。」と言いながら迷った末、農業を選んで野菜を栽培している。薬草にも興味がある、と言って、仕事の合間をぬって薬草栽培の手伝いもしていて、休みの日は植物の標本を作ったり、コウイチ達の仕事にくっついて行って植物採集をしたり、シンジのところに言って薬草の話をしたり、なんだか楽しいそうだ。アキは、子供とかかわる仕事がしたい、と学校の仕事を希望していたけれど空きがなく、今は図書館の仕事と、村の備蓄や配給品の管理を掛け持ちしながら、繁忙期の仕事があればピンチヒッターをしている。嵐の後に村の建物の被害状況を調べて、修理の優先順位を決めるのを手伝ってもらったこともある。
僕は、仕事場に向かうとき、カンナの畑のそばを通る。今日のカンナは手拭いを首に巻いて、つばの広い麦わら帽子をかぶって畑仕事をしている。土に目を落として、無心に畑の手入れをしているカンナを見ると、今日も一日ていねいに仕事をしよう、と思う。
僕が歩いているのに気づくと、カンナは顔を挙げて「ユウヤ!」と笑顔で手を振る。僕が手を振り返すと、カンナは満足げに微笑んで作業に戻る。カンナが気付かないときは、僕がカンナを呼んで手を振る。僕の、欠かせない朝の習慣の一つだ。
仕事場に着くと、先輩のナオが先に来ていて準備をしている。今日は、大工道具の入った木箱の中身を点検していた。屋根に上がるから、効率よく仕事をするためにも、安全のためにも、道具の準備は重要だ。道具が足りなかったり、使えなかったりすると、自分で下に降りるか、誰かに持ってきてもらうことになる。無駄な動きが増えれば時間もかかるし、思わぬケガをするきっかけも増える。ナオの横顔は、真剣だ。
「おはようございます。」
僕があいさつすると、ナオは顔を上げて「おはよう。」と答えて、また準備に戻った。僕はそれ以上話しかけることはせずに、自分も道具の点検を始めた。
数週間前、僕は木材を削る作業をしていて、手にちょっとしたケガをしてしまい、病院へ行くように言われた。木のささくれが手のひらに刺さっていて、どうやっても取れなかった。
「そういう傷は悪化すると面倒なことになる。絶対に病院へ行けよ。」
と、棟梁のテツに念を押された。
僕は「はい」と返事をしたのに信用されなかったのか、帰り道が近いナオが病院まで付き添ってきた。
病院にはシンジがいて、ピンセットで器用に木のささくれを抜いて、消毒をしてくれた。
「二、三日は包帯を外さずに、清潔にしておけよ。絶対に、泥とか砂とかに触れないように。」
ガーゼを当て、包帯を巻きながら、シンジは言った。大して痛くもないのに包帯は大げさじゃないか、と僕が不平を言うと、包帯を巻いておけば汚さないように気を付けるだろう?、とシンジがとぼけたことを言う。ナオは少し離れた椅子に座って、待っている。
「そういえば、二人の顔を見て思い出したんだけど。」
包帯を巻き終わると、シンジが顔を上げて言った。
「あの、落ちない方法って何だったの?旅の時、カズマさんが言ってたやつ。」
「ああ、あれか。」
と答えながらナオを見ると目が合って、ナオは、何?と言うように首をかしげた。
「例の“落ちない方法”の話。シンジも聞きたいって。」
「ああ、あれね。」
ナオは苦笑して立ち上がり、僕らのそばに来た。
「落ちない方法、ではないんだけどね。何だか、マサトが話を大きくしてしまっていて、恥ずかしいんだけど。要は、自分で自分に責任を持つ、ってこと。」
興味本位だったシンジが、真剣に話を聞く顔になった。
「危険を周りのせいにせず、自分で回避できるように、注意深く周りの状況に気を配って行動するの。段取りを何度も確認して、準備をしておく。工具ひとつ落とさない、気になったことは確認する。床下を見て構造を確かめる、初めて歩く場所は慎重に歩く。足をのせてもたわまないか、ガタつきはないか、強度は十分か、木は傷んでいないか。分からなかったら体重をかけない。そういうことを繰り返していくと、自分の油断や過信のほうが怖いと思うようになる。
注意深くすることを体が覚えるまで繰り返して、油断や過信は自分でコントロールするってことかな。」
そう言ってから、ナオはちょっと困ったように笑った。

――― 10話へつづく


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