Stones alive complex (Ethiopia Opal)
オパールは遮光ヘルメットの透過度をやや上げ、全面の天窓から降り注ぐ太陽光を程よく招き入れて視野を明るくすると、手の超音波振動ピンセットを慎重に種へと近づけた。
繊細なこの種は、直接圧を加えてつかむと割れてしまう。
超音波の微弱な振動を与えて揺らし、収穫シリンダーの中へ自然にぽとりと落ちるようにする。
星の衛星軌道上を周回するこの温室船は、繊細なバランス制御がされており、わずかな揺れも起きないようにできている。
まるでそこには無いくらいに極限の透明さを求められる薄い外殻の強化樹脂も、シャボン玉のように繊細には見えた。最大限の効率で太陽の光を室内へ呼び込むためには、どうしても繊細なほどに薄く巨大なレンズ状をした温室になる。
しかし。
この中で慎重に育てられているここの植物こそが、もっとも繊細な存在なのだ。
バイオテクノロジーを駆使して品種改良されたこの植物たちは、その利用目的に特化された副作用により、自然の太陽光を常に浴び続けていないとすぐに枯れてしまう性質を持っていた。
だから。
『プラズマフラワーの種』を育てているこの温室船は星の昼の部分の大気圏外だけを高く、太陽をずっと追いかけ続ける軌道で飛んでいる。
この花が実らせる種子から抽出される特殊なエネルギーは、地上ではとてつもない価値があるらしい。
どんな価値があるのか詳しいことは、オパールは知らなかった。
オパールは、ただの農夫なのだ。
スタジアムの五倍ほどもあるこの温室船だが、
オパールの住む居住エリアは思ったより狭い。
レンズ状した巨大な船体と比較すれば、ホクロくらいの出っ張りでしかないところに寝たり食事をしたりするスペースがある。
その出っ張りから少し離れたところに、もうひとつの出っ張りがあり。
そこは、ここと地上とを往復して種を運ぶ出荷船のドック。
種の運搬は専門のパイロットが行っていて、その出荷船はもうそろそろここへ到着する頃だ。
その出荷船に乗せられここへ来てからずっと、オパールは常駐で勤務をしている。
プラズマフラワーの超光剛成で特殊な種を生産していることは、かなりの機密事項らしく。
常駐してる期間中は規則で地上との個人的な連絡はいっさいとれない。テレビも無いから、地上で起こってる出来事の情報もまったく入ってこない。
温室船の畑は、常に天窓の中心に浮かぶ太陽へ向けられているので、地上の大地の様相も常に足の下方向にあって、見ることができないのだ。
それでもオパールは退屈してはいなかった。
天涯孤独の身上ゆえもあってここの仕事に採用されたオパールは、いまや家族のように愛情が注げるこのプラズマフラワーたちの世話が、何よりも楽しくなっていたからだ。
ふと。
種へと伸ばしていたピンセットを引っ込める。
息を詰めてなければ気がつかないほどの気配を感じた。
天窓の遠くの端から、こっちへ向かってくる出荷船が見えた。
今月採集した分の種を、受け取りに来たのだ。
出荷船の後部には目まぐるしく方向を変える小型のエンジンがいくつも備え付けられていて、この温室船へ衝撃を与えないようにドッキングするコースを探り、細かい修正を繰り返している。
先端が鉤爪になった細い連結アームをドックへ伸ばす操作をするパイロットの表情まで、コクピット越しに読み取れる近さまで来た。
何年ほど前だったか。
種のコンテナ運びを手伝いながら、とてもおとなしくやせこけて猫背なあのパイロットの彼に、この種は何に使われるのか?を、たずねてみたことがある。
それまでは手短かな業務連絡の会話しかしたことがない。
彼は、その質問をされるのを待っていたかのように薄く笑ったのだが、
「オレも何も知らないんだ。
オレはこの種を太平洋跡砂漠の汚染度が低い地区にある極秘の中継基地へ運ぶだけ。
そこからどこへ持ってゆくのかは、知らない」
こう答える時も待っていたのか、嬉しそうに言った。
ひと呼吸言葉を切り、珍しく饒舌に続けて、
「最終的に持ってかれる場所も知らないんだから、最終的に何に利用されているのかなんて知りようもないんだ。
平和的な復興利用なのか更なる軍事利用なのかって、いちばん気になるところももちろん知らないんだな」
最後のセリフには、思い違いかもしれないが。
ほんとは知っているんだぞ・・・的な含みをオパールは感じた。
目の前で輝くプラズマフラワーの生き生きとした白い花びらは、ポジティブな光を満面に浴びて、暗い影や裏側に潜むものはないように輝く。
パイロットは、どうやら無事にドッキングを完了したようだ。
ヘルメットのヘッドアップディスプレイが、メインハブコントロールからの連絡を映し、青いまだら模様の表示で温室船のドックに接続された出荷船のシルエットをアイコンで教えてくれる。
オパールの役目は、とにかく。
プラズマフラワーの光合成より数千倍も効率よい超光剛成が途切れないようにして、はち切れんばかりの太陽エネルギーを封じ込めたこの種を、たくさんたくさん育ててゆくことなのだ。
先ほど収穫する途中だった種を、オパールは改めてじっくり眺めた。
それから、
優美な超音波振動ピンセットの長い先の間を、水滴の形をした種の表面が触れるギリギリのところに置く。
種がミクロンの単位で小刻みに振動を始めるのは、表面の反射が模様を変えることでしか確認ができない。
揺すり落とされた種が茎からぽとりと離れた瞬間、縁取りの反射が温室船の天窓の外にある、暗黒と太陽光のプリズムとを混ぜ合い、塩でできた柱のように明るい揺らめきが立つ。
この光景は何度となく見てきたが、
その時のオパールの心境によって想起されるイメージが変わり。
タンポポの綿毛だったり、
おさげの少女の髪に光るトンボ玉だったり、
花が我が子を見送る別れの涙だったりに見えてきた。
気持ちがこもった農夫の手つきでオパールは、収穫シリンダーの中に漂う種を、背中にしょった大型のケースへと保管する。
今日の種の揺らめきは、まるで・・・
これは初めて感じたイメージだけど・・・
まるで・・・破裂する蓮のつぼみ・・・?
それが意味する考えを振り払うように、
オパールは身体を出荷船が到着したドックの方へ向け。
必要事項以外はほとんどしゃべらないパイロットの彼を出迎えるために、プラズマフラワーがどこまでも整列する畑のあぜ道を歩き始めた。
(おわり)
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