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Stones alive complex (Sacred Seven)


どうやらお釈迦様的なものの手のひらの上にいるらしいセイクリッドは、
セルフイメージのメンテナンスプログラムである。

幅がやたら大きな手相の溝の底を、伝搬している。

今まず目指してるのは、
お釈迦様的なものの中指の先っちょ。

やたら深くてやたら長くてやたらと真っ直ぐな運命線を、中指方向へ進んでいる。

さすがはお釈迦様的なもの、立派な手相だよねえ!
はて?本家のお釈迦様には、手相なんてあったかな?
そんなマニアックなことは分からないけど、これはあくまでも『的なもの』なのよ。

なんてゆー、楽屋話のやり取りは置いといて・・・

大きな手のひらを持つものは、
セイクリッドがたどり着くのを待ってから、
中指の先端を、被験者の髪のツムジに近づける。

プログラムコードであるセイクリッドは極小電荷で発光するプラズマの集合体になり、
被験者の頭頂で回転する紫の輪の中心点を入口にして、
さらさらとそこから染み込もうとする。

初めて塗った種類の軟膏は、未体験なひんやり感の刺激がある。
それの時と同様な、
ぬぬぬ?という声の反発が被験者から返ってきて。

頭皮を緩めていいのか固めた方がいいのかと、
頭頂皮膚の自然な防御反応が、迷いのシーソーゲームを始める。

強引に突入してもいいのだけれど、
まあ今回は最深部までの道のりが長いこともあり。
ここは体力の節約のため穏便に通してもらおうと。
セイクリッドから分離したメインとは別ルーチンの交渉プログラムが前に立ち、
やんわりとシーソーゲームを説得する。

美味しそうなフューチャービジョンの手土産と交換で、
ご機嫌になった間脳部門から通行許可証を発行してもらった。

許可証のマークを見せつければ、水戸光圀の印籠には膝をつくしかない諸国の殿様みたいに、
白血球に相当するアルトラル界のプロテクト細胞は、
セイクリッドをVIPとみなし、すべてのセキュリティを開放する。

セイクリッドは紫のエリアをるんるんと突き抜け、
次の青の輪までのフィールド状態を調べながら、
メンテナンスに使えそうな参考データーを拾ってゆく。

メンテナンスを必要としてる最下層の区画に到着するまで、
そんな事前準備もしなくてはで、それなりの慌ただしさ。

その間。
白っぽくて細やかな数バイトのコードでできた絆創膏を、
不健全な自己否定の言霊からつけられたキズへと、
気になる大きさのやつだけインターホンを押す仕草で、貼り付けもする。

破損箇所から影響を受けたプロテクト細胞壁のキズはこれで、
しばらくは健全な自己否定の言霊にまで転換ができるけど、効果はどれくらいだろう・・・
ちなみに。
健全な自己否定とは「ヘタレさだけは、誰にも負けない自信があるぜ!」のようなノリだ。

被験者は、そこそこ気分がウキウキしてきてる。
望ましい効果は得られてるようだ。

次は藍の輪。
そこをくぐる。

ふいに、冥王星の空のことをセイクリッドは想い出す。
名づけようもない高揚感とともに、天の川が明滅している。
ここの空間は、その明滅にそっくりだ。
ずっと触っていたくなるほどに、ひんやりしている。
おっと、ここの心地良さの誘惑に、ぼーっと満たされててはいけない。

気持ちを引き締め、メンテナンスのお道具箱を抱え直し、
手探りするように移動を再開して先のエリアへ急ぐ。

セイクリッドは胸の中央に装着されてる、タイマーに相当した脈動カウンターが、
甲高く鳴らすチリンチリンという測定音が気になりだした。

続いて、青の輪。

通り抜けたとたんに、
後戻りしたい衝動が湧いてきた。

被験者の閉じた瞼の隙間に、
涙がじわりと滲むのが分かる。

悲しいわけじゃない。

肺の気泡をセイクリッドの電磁波が刺激したためだ。
眼に満ちるのは単なる条件反射としての涙。
もしかすると被験者は意識が戻ったら、
こぼれ落ちた涙の訳を瞑想中に観たロマンチックな幻影のビジョンで改ざんして、
うっとり語り出すかもしれないが。
繰り返す。
これは生体レベルでの健全なる条件反射にしか過ぎない。

共感に惑わされないようセイクリッドは、
感情のフィードバックを緩和するエモーショナルスーツの、
感度調節ボリュームを18エモーション下げた。

緑の輪。

黄の輪。

セイクリッドは、それらを一気に突き進む。

ゆっくりと、しかし、手早く。
それぞれに、手順通りの処置を施して。

ここまでの工程、経過時間は192秒。

さて。
ここからが今週のびっくりどっきりミッションの目的地、
すべての感覚の基盤となってるエリアがある。

被験者のそこあたりは。
(これは謙虚と有り様が見間違われやすいのだが)
エネルギー漏れによる活力の低下で、自意識が過小になってしまっていた。

モチベーションの出力が低下しきってるその自我感覚を、
「自意識過剰ぎみ」へ復旧させなければならない。

「過小」よりは「過剰」の方がマシなんだけど、
今回は世間的に許される範囲の上限まで「ぎみ」に復旧させるのだ。

パッチ処置の準備で、気ぜわしく。
セイクリッドの両手が静電気に似たピリピリで熱くなっている。
それは、活気づいたプラズマ線香花火のかわいらしい爆発の連鎖が錯覚させる体感。

現場はまだ少し先だけど。
規格サイズのガムテプログラムをひとつ、
テストとして仙骨の先端部分へ向けて落とす。
それは勢いを上げ、たちまち虚空の穴へ吸い込まれてしまった。

ふむ・・・ディフォルトのサイズでは、今回のあの亀裂をふさぐのは無理か。

セイクリッドは進みながら、持ってきたプログラムのエフィカシー係数を大幅にアップする。

作業タイマーのカチカチが、さらに気になってきた。
副交感神経が真夜中を告げはじめる。

燈の輪。
と、
赤の輪。
感覚領域を司るふたつの輪が、眼下に迫ってきた。

結跏趺坐が地表とアースで接地している赤の輪の中心が、今回のセイクリッドの現場だ。
この位置からは、微かにだが暗黒の亀裂の存在が目測できる。
そこには、マインドエネルギーがいちぢるしく漏れてる破損箇所がひとつあり、
そこの亀裂を第二次成長期成分配合のパテでふさぐ予定だ。

密集してる神経叢の中で絶え間なく往来する感覚電子が、
蛍火となって作業タイマーの表示を照らす。

残り時間は、335秒。

セイクリッドは、にんまり笑う。
ぜんぜん余裕!

瞑想の集中が続いている間に、
被験者からノーマルに離脱できそうだ。

もしタイムリミットを過ぎれば、
被験者の自我とセイクリッドは同化してしまう。

それを防ぐため、
タイマーが強制帰還プログラムを作動させると。
セイクリッドのヘソに結ばれてる「宿縁」という絶対に切れない蜘蛛の糸を、
ナノ秒の刹那速度でお釈迦様的なものが釣り上げ、
被験者の頭の先から、バンジー方式で放り出されるようになっている。

強制帰還プログラムが余計な気を利かせたのか、
早めのウォームアップを開始した。

そのつもりはないのだろうけど、なにげに煽られてる気がする。

セイクリッドは、整備アイテムがぎっちり詰まったお道具箱から、
ガムテプログラムや、
瞬間接着剤プログラムとかの、
いくつかの補修プログラムを取り出す。

軸部となるマンホールのフタ状したプログラムへと、
ここまでの行程で集まったデーターを基に、
接合リンクでプログラム群が尾になるよう繋げてゆき。

セイクリッドは、
この被験者に適合できるメンテナンスパテのアレンジをせっせと進めた。

(おわり)


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