Stones alive complex (Black star)
刀の柄に利き手を添えたその門番が、
ただではブラックスターを門の向こうへ通してくれない構えなのは、確実。
隙がまったく見切れない武者姿をした門番の、
間合いギリギリに離れたところまで歩むと。
ブラックスターはそこで、戦略を考えた。
膝下あたりまで水没している鳥居に似た門の向こう側には、
その先に待ち受ける新しい彼女の人生脚本を象徴した幾何学模様があり。
うねうね渦を巻いていた。
その直前のポジションで通せんぼしているのは、
黄金の甲冑を身にまとったその大柄な武者だ。
ブラックスターは、
(いや、ブラックスターに限らず誰しもが)
こういう門番というものに何度も出会っている。
人生の節目が訪れる転換点にいて、大きな役柄を担っている彼らは、
武者姿以外にも、その門の性質に応じた様々な姿をしているのだ。
さて、今回の相手はこういう好戦的なスタイルの奴だが。
力まかせに門を突破してゆくのは、さして難しくはないわね。
と、ブラックスターは思った。
不意打ちで!
まず右足で水しぶきを蹴り上げ、陽動する。
門番はそれに反応するが、たぶん驚きはなく、
先読みした動作から無駄なくスムーズに腰の剣を抜き放ち、
横薙ぎに的確に切りつけてくる。
自分は、それを避けて。
のけぞりと蹴り足の勢いを使い、身体を沈めて水の中へ回避、
さらに反動を活かした左の蹴り上げにより、
門番の懐の下からコテを狙って、その剣をはね飛ばせばいい。
かつては、
そんな単純な交戦を何度もやった。
けれども。
通り抜けるべくして通り抜けるのと、
なんとかして通り抜ける、は、
まったく別なアプローチだと悟ったのだ。
この門番は自分であり、同時に自分ではないもの。
自分よりも、自分を知り尽くしているもの。
正面だけに意識を向けている自分を、背後から動かしているもの。
ブラックスターの自覚できない領域に潜む彼女の行動動機、そのものなのだ。
よって、
この門をくぐる意味とは。
自分がこれからしてゆく行動の動機が、
がらりと変わってしまうことを意味していた。
明るい所で立っていようが、闇の中にたたずんでいようが。
コンビニで夏フラッペを貪っていようが。
クーラー効きすぎの寝室で不条理極まりなく毛布にくるまっていようが。
不安材料ばかり提供してくる新聞の活字を息抜きにぼーっと追いかけていようが。
根底にある動機が変わってしまうということは、
これまで通りの、どんなささやかな行動をしていても、
それがキッカケで展開していたその後のシナリオが、
自然にどんどん変わっていってしまうということだ。
門番の武者は。
顔を覆ってる顔あての奥から、
読めない表情なのに明瞭な声で語りかけてきた。
「この門を通らんと欲するならば・・・」
門番は剣をすらりと抜き、
「この剣の名を当ててみよ!」
ひゅんと下段に構え、叫んだ。
切っ先が深く鋭く水面を突き刺したが、
ひとつの波紋も起きなかった。
今回の通過儀礼は、刀の名前当てクイズか・・・
ブラックスターは、数秒だけ思案して答えた。
「それは『天叢雲剣』!」
「ぶー!違う」
門番は、
声を発してもその振動が腕に伝わることがなく、
切っ先は静止画のごとく微塵も揺れなかった。
ブラックスターは、続けて答えた。
「ならば・・・。
それは『草薙の剣』!」
「それも、ぶー!違う」
「じゃあ。『天羽々斬』!」
「おぬし、なかなかヤマトの聖典に詳しいな!
でも、ぶー!」
「『エクスカリバー』!」
「見ての通り、この剣はコッテコテの和モノだろ。
ぶー!」
「んー。『村雨丸』!」
「そりゃフィクションの剣だろ。
ぶー!」
「『オッカムの剣』!」
「そりゃ剣じゃなくてカミソリだし。
ましてや思考ツールだ。
そっち方向へ行ったのか。
アプローチの斬新さは評価したいけど、
ぶー!だ!」
「『逆刃刀』!」
「アニメ方向も嫌いじゃないが、
やっぱりフィクション、ぶー!」
「そしたら・・・
それは、しむら剣!」
「ふはははははは!
ひむら、と、しむら、もカケてるのか?
一部の人しか分からんぞその高度な合わせ技は!
ふはははははは!」
門番の武者は、
思わず腹を抱えて、身体を折った。
彼の足元と剣の切っ先から、
ウケ度に応じる幾つもの波紋が生まれた。
ひーひーする呼吸を整え、剣を元の構えに直しながら、
門番はまだ微かに肩をひくつかせて、
ブラックスターへ視線を戻すと怒鳴った。
「真面目にやらんか!
ふざけていると、いつまでもここは通れんぞ・・・って?
あれ?」
門番の目の前から、
ブラックスターの姿が消えていた。
彼が通せんぼしてた門の向こう側へ、
視界が外れた一瞬で飛び越えたブラックスターの声がする。
「門番がワタシであるならば、
ワタシもまた門番であるのよ・・・
アナタの行動動機のスキと、ダジャレのツボは知り尽くしている」
そして。
門番がワタシであるなら、
この門の名前もワタシ。
ここのあらゆるものはワタシの名。
当然、言うまでもなく、
その剣の名も、ワタシということ。
言うまでもないことなので、
ブラックスターは、最初からそのことを言うつもりなどなかった。
ここは門番の為の門としてある。
通り抜ける為の門ではなく、
通り抜けたことを自覚する為の門。
根底からの変化は、
いつも自覚ができない。
知らずに通り抜けていたら、かなり行ったあたりで初めて、
自分が変わってしまっていることに気がつくのだ。
言うまでもなく。
門番もまた、それらすべてをブラックスターが知っていることを知っていたので、
彼もそれを言わず、振り返りもしないままに自分の背中でブラックスターへ声を投げた。
「見事なり!
では、また会おう。
次のコンフォートゾーンの門の前でな・・・
次回こそ、ダジャレは通用しないぞ!」
門番は、ひゅんと剣を回し鞘へ収めた。
門番を後に残し、
とっとと先へ歩き出したブラックスターは。
次回もダジャレ(特にアニメネタ)が、
充分通用することを知っていた。
(おわり)
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