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Stones alive complex (Bloodshot Iolite)

短めの残業をこなしてエクソシスト専用マンションへ帰ってきたブラッドショット・アイオライトは、
松明で照らされた階段を昇って、自分の部屋の扉の前に立った。
彼女は黒いカバンからロウソクを1本取り出し、灯す。

昇ってきた階段を振り返って見下ろす手すりには、たくさんのお札が赤紫の縛鎖で留められている。
扉へ視線を戻す。
アイオライトの手にある炎を反射して、扉の錠前が鈍く光った。

アイオライトはロウソクを近づけ、扉のロックダイヤルを合わせた。

淡白光蟲が向こう側から内鍵をおろしていなければいいけど、と思う。
もしそうなっていたら、まだ『お掃除』が終わってない合図だ。
淡白光蟲がそういうことをしていなかったのでロックダイヤルは、なめらかに回る。

二つ並んだダイヤルには、
『臨兵闘者皆陣列在前』
と九文字の漢字が、刻印されている。
あらかじめ決めてあるその中の二文字の組み合せを合わせれば、ロックが開く仕組みだ。

『皆』と『兵』を合わせる。
かすかな金属音がして扉が開き、アイオライトは部屋に入った。

淡白光蟲が待ち構えていて、熱烈なテンションで出迎えてくれた。
フローリングの床板の上を何本かの歩行用触手で走り、
浮かぶでもなく沈むでもなく音もなく飛びついてきて、
はしゃいだ子犬と歌うクジラの潮吹きとを掛け合わせたような波長で喉を鳴らしながら、
アイオライトのふくらはぎにまとわりつく。

アイオライトは、玄関の下駄箱の上の「邪祓いキャンドル」にロウソクの火を移し、
部屋の奥の方まで薄く光を通すと、それを頼りにあちこちのキャンドルに火をつけて回る。

部屋の隅々までうっすら程度の明るさになったら、
淡白光蟲は眩しそうに黒目を細めた。
お気に入りのクッションに乗って、
全関節を伸ばしうずくまる。

この子は、夕暮れから一番星が瞬くまでの薄暗闇で生きる子。
事物をくっきりはっきりさせるほどの強い光は、好まない。

邪祓いキャンドルから漂う、ほんわかした煙が部屋を巡回し始める。

キャンドルも在庫切れが近かったので、
帰り道にスピリチュアルマーケットへ寄り、買ってきた。
キッチンの棚に仕舞おうと、灯芯を買い物袋から出す。

いきなり淡白光蟲が買い物袋へ飛びついてきて、灯芯の箱をひっくりかえしそうになる。

「これこれ、ちょっと待ってなさい!アナタのご飯は、後よ!」

留守にしている間、光の無い真っ暗な部屋で何か食べれたのかしら?
度胸はあるけどドジな邪気の二、三匹くらいは、この闇へとおびき寄せられたはずだけど。

ロウソクを消し、淡白光蟲を両腕に抱えあげた。
お腹を触る。
少しは膨らんでいるようだ。

「う~ん。一匹は、天然モノの御馳走にありつけたようね・・・
つまり。ほぼ腹ペコってことね・・・」

この子は邪気を捕食して生きる霊体のペット。
一家に一匹いれば、家中の邪気を食べ尽くし「お掃除」をしてくれるのだ。
アイオライトに限らずエクソシストたちは仕事柄もあり、プライベート空間こそどこよりも清浄に保ちたい。
この子は愛玩生物としても、そっちの係としても彼女らの良きパートナーだ。

それはそれで、有難い存在なのだけれど・・・

淡白光蟲が待ちきれないアピールで、耳の後ろの反響襞をキューキュー唸らせ、
アイオライトがぶら下げている買い物袋を奪おうと、捕食用の触手をバタバタさせる。

邪気が部屋からいなくなったら、いなくなったで。
この食いしん坊はすぐ飢えてしまい、手に負えないくらい不機嫌になるのよね。

結局。
この子たちの食欲が満たされない分の邪気(エサ)は、
エクソシスト協会が養殖して量産した販売品を買い与えなくてはならなくなったという顛末は、
どこか、市場原理がねじれて本末転倒してるような・・・

仕事疲れもあるし、
今はそこは深く考えないことにして。

いろいろ買ってきた物をテーブルに並べ、
アイオライトは、いちばん大きな箱の封を開ける。

そしてテーブルの下にあるエサ皿へ、
中身を流し込んだ。

淡白光蟲はすぐ飛び降りて皿へ捕食口を突っ込み、
無我夢中に食べ始めた。

「それ、新製品らしいわよ」

アイオライトは、
夢中で食べている淡白光蟲を頭越しに眺めながら、
箱に印刷されている宣伝文を読む。

「淡白光蟲ちゃんの捕食氣導を活発にするエビルギー栄養素増量!
元気もりもり!触手もふさふさ!
さらに!
これまで形がまちまちで食べにくかった養殖邪気を、
同じサイズに小さく筒状に加工し!
すすれるようチェーン繋ぎしました!
だから、小さなお口の淡白光蟲ちゃんでも噛みやすい!飲み込みやすい!
・・・
・・・なんだってさ・・・
まるで、多節ヌンチャクみたいな形ね、それって・・・
美味しい?」

ずずるっ、ずるずっ、と少々お行儀の悪い捕食音を立ててる淡白光蟲が、
背中を向けたまま、触手の1本でオッケー!の丸を作って見せる。

「そう、良かった!
だけども・・・味はともかくとしてこの、
商品名のネーミングセンスの方は、あまりいただけないわねぇ」

椅子に腰かけたアイオライトは。
キャンドルの光に箱をかざすと、
太ゴジックで栄養効果をダイナミックに印象づけようとしてる商品ロゴを読み、頬杖をつく。

「『邪気ぃチェーン』・・・って・・・」

(おわり)

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