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Stones alive complex (Strawberry Quartz)

ハートフルミステリーが、
フォックストロットのリズムでヤシロの蔵から現れた。

そのままの華麗なステップを使いひょいひょいと朱塗りの大屋根へ登り、
4本の足をしっかり踏ん張る。
秋風が吹いてくる方角に鼻先を向けると切れ長の目の線へ、見おろす町を吸い込む。

ストロベリークォーツは。
彼が現れるのを待ってる間、
すぐ隣の屋根で同じ景色を楽しんでいた。

二者の距離は、もうわずかに幅がなければ、琥珀色の毛並みの頭を撫でてあげられるほどだ。
そしたら向こうは親しみを込めて、その手のひらを舐めてくるだろう。

ストロベリークォーツは、それでもできるだけ手を伸ばし、

「ハートフルと言っても、ハートがフル状態のところって裏の意味がミステリーね。
ならフルハートって呼ぶ方が謎っぽさが増すわ。
絶え間ない呼びかけにやっと出てきてくれて、ありがとう」

ピンと張った指先を揺らせ、裏メッセージも込め感謝した。

鼻先をストロベリークォーツのそれへゆっくりと近づけて、そのフルハートは。

『出てきたという言い方は、正しくはないな・・・
ワタシは『場所』なのだから、場所が出てくるってのはすごく妙だ。
場所であるワタシは、いつもワタシにいる。
例えば、アジア地域がヨーロッパ地方へ旅行に行ったら、そこはどこになるんだ?
まあ。そういうややこしい裏設定は抜きにして、普通に意味が噛み合う会話を心がけよう。
こうして、概念から物質に収束してみれば、
いつも考えている場所を、変えられるというのもいいもんだね』

どこか懐かしいイタズラっぽい笑いを、その声の中に感じた。

ストロベリークォーツはずっと、
このフルハートとの会話をもう一度と願ってきたが、
なかなかそれが叶うことはなかった。

分離の時期以来、つまり自我の芽生え以来、
その独特のイタズラっぽい笑いすら聞いていない。

『アナタ』『ワタシ』という分離認識の芽生えをキッカケに、
ストロベリークォーツとフルハートとの共通文法が消し去られたのだ。
融合文法であるフルハートと分離した、とも言い換えれる。

これまでも折に触れ、フルハートの声や姿を探そうと試みてはいた。
たぶん、フルハートもそれに応えようと彼らしいお気楽な努力はしていた。
フルハートにしたら、いつも遠慮なく彼女へ話しかけていたのだが、
ストロベリークォーツはそれを、自分の頭の中に浮かんだ自分の考えだと解釈していた。
確かにそうでもある。
分離した考えと融合した考えは混ざりあって浮かんでくるわけなので、
それを聞き分けるのは、普通なら難しい。
ちょっとしたコツとしては、嗅ぎ分けた方がやや当たる。

フルハートが紅色の瓦からから前足を離し、

『おっとっと・・・』

西北の空を爪で指し、ストロベリークォーツに注意するよう促した。

西北の空が、青白い光で四つに分裂し。
それぞれが単独の巨大なパネルとなって均等に離れ、
その奥に描かれているイオン放射のパターンを覗かせた。

『ワタシは、実は。
キミにじゃなく、アレにおびき寄せられてきたのだ。
キミもアレがアレになるから、ずっと呼び出そうとしてきたのだろう?』

「お見通しね。
アレがアレになるまでは、出てくるわけはないってうっすら思ってもいたけどね。
アレの、空はひとつという概念の分離には、どう対処すればいいのかしら?」

『それはもちろん。
ワタシは融合の場所だからね。
場所を変えるだけさ』

「どうやって?」

『ワタシがいる場所が、
その場所になるんだよ。
共通文法を思い出してもらうために、
有名な物語から引用して説明してみようか。
・・・
アリスは言う。
「私は、思っていることは、言ってる。少なくとも、言っていることは思っているわ」
帽子屋が言う。
「それって『食べれるものは見える』は、『見えるものは食べれる』と同じだと言っているようなものだ」
三月ウサギは。
「それって、『手に入るものは好きだ』は、『好きなものが手に入る』と同じことだって言っているようなものだ」
・・・
普通なら「逆は必ずしも真ならず」になるところが、
「逆も必ず真なり」の場所になるのだよ。
フルハートの世界では、
出来事の前後は、逆も同時並行に融合している』

「過激な説明ね・・・」

『可逆な説明だね。
くっ付いてたのが、離れた。
は、
離れるためにくっ付いていたと同じことさ。
離れてたのが、くっ付いた。
も、
くっ付くために、離れていたと同じこと』

フルハートは、狛犬のようにねそべり。
空の分離を全視界で楽しもうとするかに、すぐ上下逆さまの仰向けになった。

その呑気な様子へストロベリークォーツは問いかける。

「あの空の分離を、くっ付けられるの?」

『まだ共通文法を思い出せてないようだな。
アレはアレで、ほっとこう。
なにせ、こっちの分離の投影でしかないからね』

寝そべり、トロットのリズムで調子よく振り回されて、
フルハートの尻尾が、ストロベリークォーツのところからギリギリ手が届く距離になった。

(おわり)

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