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Stones alive complex (Blue Chalcedony)


海賊船で飼われてたらしい青い虎は、後ろ脚の間から釣竿によく似た道具をぶらぶらさせて(もちろん尻尾のことだ)波打ち際から上がってきた。

上陸すると。
沖合に停泊している海賊船を振り返り、その釣竿によく似た道具から頭方向へと、全身の毛をぶるぶる震わせて海水を振り落とす。

そして、こっちと目を合わせた。

(いちかばちかだ)な狙いをつけた青い瞳でこちらを一瞥し、虎の口は口ごもったうなりの角度になり、助走をつけて走ってきた。

そのスピードは餌に襲いかかる速さまで一気に加速したが、こちらへ牙が届く直前で急ブレーキをかけた。

砂煙まみれになったお互いの鼻先が、数ミリの距離をおき、向き合う。

視界いっぱいの虎の額の模様は、息をのむ黒さの肋骨模様で、耳をつんざく咆哮がすぐ放たれるのか!?と身構えた。
しかし。
見たこともない大きさの瞳孔は静かなままだ。
こちらが敵ではないと判断したようだ。

(海賊というものは、船の航路と酒樽と奪った財宝しか気にしていない)

語りだした虎の口調は、穏やかで低い。
つぶやきでも充分に聞こえる距離だからだ。

(立場的には、ボクもその財宝にカウントされていたんだ・・・
なんせ珍しい種類の虎だからね。
全身が青色なのも珍しいが、歯まで青いのは過去に例がないらしいよ)

口角筋へにっと力を入れ、隙間から青い歯並びを披露する。

(財宝が満載された船の看板で酔っ払ってる海賊は、この世でいちばん陽気で穏やかな生き物になるんだ。
ボクが赤ん坊の頃から、彼らはとても親身に世話をしてくれてた)

虎は少し後ずさって、お行儀の良いお座りのポーズになった。

(しかし、奇妙なことに。
あの海賊船の船倉には金銀財宝も、金目のものは何ひとつ無かった。
だってボクはその空っぽの船倉で飼われていたんだからね。
なのに、海賊たちはいつも陽気で穏やかで親切だったんだ。
ボクは、この善人たちはコスプレで航海を楽しんでるだけの海賊ヲタクかとも思っていたんだ)

容貌は大迫力だが育てられ方が良かったのか、虎の喋り方は紳士的だ。

(でも訳あって、海賊船から逃げてきた。
・・・逃げてきたというのは正しくないな。
あそこにいられない状況になったんだ。
になった、でもないかな・・・
したんだ、が正解かな)

あいにくにも、こちらは。
虎の饒舌なそのひとり語りへ気の利いた応対の言葉も出せず、釣竿によく似たものを縮こまらせている。

(あの陽気で優しかった海賊たちはこれからもずっと、ボクの心の海で航海をし続ける・・・)

別れが寂しげに、頭を下げた。

(・・・というか今彼らは、ボクの心の領海へと続く航路の途中にある胃液の中を絶賛航海中なのだけど・・・)

さっきの寂しげは、別の感覚で頭を下げてたようだ。
別の感覚とはたぶん、胃もたれだ。

(成長したボクの牙は、星ひとつに匹敵する資産価値があるらしいって海賊のひそひそ話を小耳にはさんだ話は・・・もうしたっけ?)

青い虎は、海を泳いでるうちにからまったアイオライトクラゲの触手がこびりつく青い光沢の牙を、青い瞳の視線で示した。

(心配は御無用。
満腹の虎は、酔っぱらった海賊よりも穏やかな生き物なんだよ。
けど、腹が減ったらまた海賊育ちの地がでるかもね・・・
さて。
ボクの餌の世話係になりたい?
それとも、餌になりたい?
海賊たち全員がボクの心の海へたどり着くまでに決めてくれ)

そう、か細く喉を鳴らしてから。
海賊が使おうとしてたらしきごついペンチを、
口をすぼめてこっちの釣竿によく似たものを狙い、ベッと吐き出した。

(おわり)

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