Stones alive complex (White Labradorite)
幽霊船の甲板に急遽設営された式場の前で、
亡霊の神父が、おだやかに手招きをすると。
亡霊の花婿は亡霊の花嫁へと近寄り、ふたりは向かい合った。
亡霊の神父は威厳のある声を張り、まず新郎へ告げた。
「アナタは・・・
幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も。
永遠にこの女性を愛し慈しみ。
貞節を守ることを、ここに誓いますか?」
タイタニック号の甲板(の残骸の上)には、
新郎新婦の御先祖様たちが遠路はるばる亡者の国から、ありったけの何千人も集まり、式場は満員御礼であった。
何千人もが折り重なったり、まんま重なったりして甲板に乗っかっているけれど。
その体重のない重みで、すでに沈んでいるタイタニック号が沈没する心配は、まったく無かった。
参列者は。
まぶたの残っている者は、そのまぶたを見開き。
残ってない者は、そのまんまで。
神父から誓いを問われた新郎に注目した。
亡霊の新郎は花嫁を、
まぶたの残っている方は見開き、
残ってない方はそのままにして見つめ、
大きくアゴの関節を広げて応えた。
「は・・・」
はいと言いかけ、待てよ?と。
新郎はこの期に及んで、改めて考え始めた。
広げたアゴは広げたままだ。
もちろんさっきまでは、これから誓おうとしている言葉の気持ちが満々に、気分は浮かれまくっていたのだが。
改めて口から宣言して誓おうとしたら強烈な冷静さが呼び起こされ、この誓いの言葉の端々に違和感を感じざる負えなかった。
そもそも。
幸せな時も、困難な時も、って・・・?
この亡霊である状態は、はたして。
幸せな状態なのか?
困難な状態なのか?
見た目はかなり幸せ状態とはほど遠い困難ぽい状態なのだけれども。
生前とは違い、
死への恐怖からは解放されている。
こうして結婚を誓い合える相手に出逢えもしたし幸せであるはずだ。
これから訪れる果てしない時も。
幸せでありながら困難なような、実感が湧かない困難の中で、そうであるはず的な幸せが続くのだろう。
強いての解釈をすれば。
結婚を原因として、この亡霊状態からでも新たな幸せと困難が発生するかもよ?な事を問われているみたいだが。
亡霊状態以上の困難が結婚により発生する可能性があるというのか?
死をも超越した事態が?!
そんな事態が現時点で想像できなかったので、
想像できない事態という曖昧さに、新郎はたじろいだ。
次に。
富める時も、貧しき時も、って・・・?
この沈んだ豪華客船の中での亡霊生活は。
おそらく世界有数の財宝が船内にふんだんにあり。それを好き勝手に使っても文句を言ってくるやつは誰もいないのだが。
なんせ使う場所がない。
資本主義システムの社会からは完全に隔離されている。
ものすごい金持ちなのに貧しくもあるわけだが。
それとて特に困っているわけではない。
強いての解釈をすれば。
結婚を原因として、この亡霊状態からでも新たな豊かさと貧困が発生するかもよ?な事を問われているみたいだが。
亡霊状態以上の貧困が結婚により発生する可能性があるというのか?
死をも超越した事態が?!
そんな事態が現時点で想像できなかったので、
想像できない事態という曖昧さに、新郎はたじろいだ。
さて次に。
病める時も、健やかなる時も、って・・・?
この亡霊状態は、明らかに病んでる様相を成しているわけだが。
どこかが痛いとか苦しいというのはまったく感じたことがない。むしろ恋愛時期は、羽のように軽快なスキップで彼女と船内を駆け巡り、あらゆる隅っこで健全にイチャこきまくってきた。
強いての解釈をすれば。
結婚を原因として、この亡霊状態からでも新たな健全と病みが発生するかもよ?な事を問われているみたいだが。
亡霊状態以上の病みが結婚により発生する可能性があるというのか?
死をも超越した事態が?!
そんな事態が現時点で想像できなかったので、
想像できない事態という曖昧さに、新郎はたじろいだ。
次にいこう。
永遠に新婦を愛し慈しみ、
貞節を守ることを、ここに誓いますかって・・・?
永遠という言葉が、
ここではリアル過ぎる!
この幽霊船には永遠しか存在していない!
生前ならば。
この永遠という言葉には暗に、
「まあ、お互いの寿命が来るまでの」
くらいなニュアンスがあって。
来世も来来世も、来来来来・・・なエンドレスな縛りはなかった。
しかしここでは!
永遠というものが・・・
とても重いっ!!
愛し慈しむとは何ぞやについては・・・
まあいいだろう・・・今はスルーで。
生きとし生きる者が何万年考えても得られなかった定義を、亡霊ごときが考えてもしょうがないテーマである。
だけども、貞節に関してはよく考えるべきだ!
オレたち!
デキ婚だしっ!
デキ婚ってなんだよ!
可能だったのかよ!亡霊でも!
びっくりしたよ!
亡霊になっていちばんびっくりしたことだよ!
アゴの関節外れて落ちたよ!
もともとから外れてたっぽいけどな!
保健体育で習った知識は、この領域ではまったく通用しないよ!
あ。でも。
結婚を前提とした相手だから貞節は婚前にも守ってたことになるのかな?
これからも守るかって?
もちろん守るよ!
自分が亡霊になったこと以上の衝撃は、もう受けたかねーよ!
んー・・・
例えではなく物理的な意味で空っぽになってる頭蓋骨の中をぐるぐる回り続けてる深い思考のせいで、新郎がフリーズしていると。
亡霊の神父は。
新郎が狙ってやってる盛り上げの演出にしては、ちょっとジラシの間を取りすぎてるよな?と思ったのか。
「・・・誓いますか?」
ともう一度、念を押すように小声で繰り返した。
亡霊の花嫁の方は。
そんな新郎へ、愛の誓いへの期待が溢れんばかりにロマンチックな眼差しを、空洞となった眼窩の暗闇から送っている。
その手には、なんせここらへんでは生花が用意できなかったので、友人たちが海溝の底から掘り出してきたラブラドライトとピンクトルマリンで造られたブーケが真紅に光っていた。
新郎は神父の神聖な表情を疑惑がよぎる横目でチラッと見た。アゴはまだ広げたままである。
そもそも!
この亡霊の神父ってなんだよ!
亡霊って。
愛とか信仰心とかが、ぜんぜん足りなかったから現世に未練たらたらしまくりの人生を送り、天国へ素直に行けない心境だってことだろ?
それを踏まえて、
亡霊になっちゃってる神父っていったいなんなんだよ!
そんな亡霊の神父の前で、
亡霊の新郎と新婦が、
誰に対して何を誓えというのだ?
この誓いの履行義務って、あるのか?
この誓いの意義って、あるのか?
ないんじゃないのかーっ?!
・・・
あ。
そうか。
つまり。
これには、義務も意義もないのか(亡霊に限る)
だとしたら・・・
こうして難しく考えた末に出した結論は、
難しく考える必要はないんだよって、ことなのかもな。
亡霊の新郎はその結論に至り、
とても気分が軽くなった。
・・・
難しく考えるべくして考えてた新郎の思考は、実は思考ではなくて。
ぶっちゃけ単なる突発性のマリッジブルーであったのだが。
なんとか割り切りぎみに、こうしてふっきり。
「・・・い!!」
と。
は、の続きをキッパリ言った。
参列者は祝福でどよめき、あらゆる骨格を鳴らした。
幽霊船はリズミカルにカタカタと揺れた。
満足した微笑みになった神父は。
今度は亡霊の花嫁側へと、顔を向けた。
「では。
アナタは・・・
この男性と、幸せなとき・・・」
「はいはいはいはいはいはいはい!」
花嫁は、神父が誓いの言葉を読み上げる前に。
というか、誓約の内容を全文読み上げられる前に素早くカットして、何も言われてない誓いへ全力で誓った。
ちーっ!しまった!やられた!
その手があったか!
その手をなぜ自分は思いつかなかったかと天(海上方向)を仰ぐ新郎の前で、
亡霊の花嫁は夫となった者が見上げてる方角へ、片手に持ち替えたブーケを見事なアンダースローで投げあげた。
そのブーケトスは大陸間弾道弾のようにまっしぐらに生者たちの世界まで飛翔し、陸地のどこかへ落ちた。
(おわり)
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