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Stones alive complex (Orange Moomstone)


個々の読者の趣味趣向に合わせて、
読み進めるページごとにストーリー展開ががらりと変わってゆくマルチエンディング小説の累計ダウンロード数が、とうとう五億アクセスを超えたので。

一夜にして印税長者となった作者の長良川LAN歩は、ベストセラーの祈願をしたお寺へと、御礼参りにやって来た。

大日ヶ岳の山深きとある場所に、総容量が八百万テラバイトある分散型大日如来プログラムのメインハブとして稼働しているサイバー寺院『燈月院』がある。

この寺院は・・・というか、
このサービスステーションは。

世界各地に開設されているサービスステーションの中でも特に、
知る人ぞ知るクリエイター御用達のアーティスティック・インスピレーション・サポート(AI・S)に特化された秘密の聖地だ。

「御仏の御導き(サービス)のおかげで!
デビュー作が大ベストセラーとなりました!
ありがとうございます!」

LAN歩は、寺だけど大きく柏手をうつ。
柏手をうつのは神社での作法だと彼は知らない。

御堂の前に結跏趺坐で座っている大日如来の三次元ホログラムが。
結んでいた智拳印(ちけんいん)の指先を解き、
親指と人差し指を優雅に丸め、その他の指は揃えて伸ばす印へと変えた。

👌( ・ㅂ・)و💰

「え?
あ・・・
ああ!
はいはいです・・・!」

そのハンドサインの意味を察したLAN歩は、先だって取り交わした契約内容・・・じゃなくて、祈願内容どおりの御布施をする。
印税収入の15%。
小銭入れからビットコインを数枚つまみ出し、如来が差し出す御布施箱へ投げ込むと、チャリンという効果音がした。

「批評家からの大絶賛が止みません!
読者からも、たくさんの感想が寄せられてるんですよ!
自慢げに、その一部を読み上げさせてもらいます!」

大日如来が慈悲深く微笑むのを、了解の意思だと受け取り。
長良川LAN歩は、プリントアウトしてきた紙を読み上げる。

『うぎゃーと号泣しました!
こんなにも切ないラブストーリーを読んだのはおぎゃーと産まれて初めてです!引きこもりだけど繊細な愛に満ち溢れた主人公の行動に、あぎゃーと共感です!』

『このホラー小説は、
全米が仰向けに失神レベルで怖すぎです!
私も怖くて怖くて、昼間でもトイレへ行けなくなりました!』

『主人公の無敵さが痛快です!
悪の秘密結社をあっさり倒したどころか、
凶悪の秘密結社もデコピンの一撃で倒し、
極悪の秘密結社に至っては戦わずして口喧嘩で倒してしまうなんて!』

『とにかく!
まさかのオチにびっくりしまくりです!』

その、びっくりしまくったまさかのオチをLAN歩自身も読みたかった。いったいどんな物語だったのだろう?
しかし。
残念ながらそのオチは、その読者だけしか読むことができないのだ。

物語を読み進める読者の、心拍数とか血圧の上昇反応を起こさせたワードを精緻に検知して、次のページの文章が多彩に書き変わってゆく。
小説のジャンルが恋愛モノから戦場モノからホラー、コメディへと多岐に分岐する自動マルチ展開の小説なのだから。

読者の感想も、こんな感じで多岐なカテゴリーにわたるわけだ。

実質的に長良川LAN歩は。
一冊の本を出版したのではなくて、数億(パターン)冊の本を、一度に出したのと同じで。
読者それぞれが読む作中に共通してるのは、主人公の名前くらいだった。

彼の小説家としての仕事は。

読んでいる人から随時抽出されるエモーショナルデーターを蒸留し、濾過のフィルタリングの設定値を調整して計測した最適解から、物語をどっち方向へ展開させればウケるかの振れ幅を決め。
そんないくつかのパラメーターを各ページごとへ書き込む、ストーリープログラマーなのだ。

「ね!
みんな大絶賛でしょ?」

微笑む大日如来へ、愛想笑いをし。

「というわけでですね。
つきましては、前回と同条件で印税の15%の契約という祈願内容を更新させていただきまして。
次回作のアイディアフローチャートも・・・じゃなくて、御仏の御加護も引き続き、なにとぞよろしくお願いいたします!」

またしても、寺なのに柏手をパンパンとしちゃってる長良川LAN歩。
大日如来はかすかに、半眼の片眉をぴくと上げた。

ふと。
背後に気配がした。

振り返ると。

スケッチブックを抱えた黒髪の乙女が、境内に入ってきた。

彼女もここのAI・Sへ、何らかのアーティスティックな祈願をしに来たアーティストなのだろうか?

じっと見つめるLAN歩の視線に照れ、
はにかんだ黒髪の乙女は口元をスケッチブックで隠した。

これは・・・?
LAN歩の心臓がどきどきし、
血圧がぐぐんと上昇した。

まさかの恋の始まりの予感の、の?!

乙女の口元のはにかみが突然、
不敵なニンマリに変わり!

スケッチブックで隠していたAK−47自動小銃をLAN歩へ向け、ためらいもなく引き金を引いた!


ダダダダダダダダ!
Σ(´∀`)_┳※・・・・・・・・

おっと!
そっちに展開したか!!

LAN歩は、さっきまでは持ちあわせてなかった素早い反射神経からの側転で、乱れ撃たれる弾丸を避け、なんら伏線まるで無しにサイボーグ化されてる両足の加速を使い、刺客の乙女へとしゃにむに突進していった・・・!

・・・・・・

という、長良川LAN歩という小説家が主人公の小説をこうして読んでいるアナタ・・・

・・・・・・

が、主人公の小説をこうして書いているワタシ・・・

・・・

の、小説をこうして読んでいるアナタが主人公のマルチエンディング小説が、これ。

・・・

(おわり)

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