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Stones alive complex (Cantera Opal)

古物商は乗ってきたバスを降り、崩れかけた古民家へ『着地』した。

7年ぶりくらいになるかなあ・・・こんな辺境へ『着地』するのは。

感慨はほどほどにして、彼は節々がギィギィきしむ『着地』した身体の頭を不慣れに下げ、椅子の上で出迎えた依頼主へ挨拶する。

(どうもどうも!
この度はお世話になります)

それに応じて依頼主も、つるんと光る頭を下げた。

(こちらこそ、遠路はるばる御足労をおかけしまして)

(とんでもない。
ここまで来れる便は一本だけでしたけれども、
なんとかそのバスを使いコンマ3秒ほどの時間で来れました)

(うわあ、改めて実感しますよ。
遠くの辺鄙なところに住んでいるんですねぇワタシは。
なにぶんこんな辺境にずっと『着地』して暮らしている変人の、気ままなひとり暮らしな身なので・・・
その来客用のお身体もかなり旧式のモデルしか御用意できませんでした・・・申し訳ありません)

(いえいえ。お気になさらずに。
これで充分ですよ)

ではさっそくですけれども御依頼の品を拝見させてください、と。
古物商は本題を促す。
依頼主は木製のテーブルの上に置かれた長方形の金属を、これなんですがとアームで示した。

ほほう・・・!
これはこれは!

解像度の低い旧式のヘッド部のカメラでだが、それを見たとたん古物商は、わざわざこんなとこまで来た甲斐があった!と来客『着地』用の身体を震わせた。
依頼主は、その様子に安心し、

(屋根裏に放置してあった金庫?というものが腐食で崩れ、これが転がり出てきたんです。ワタシの先祖の遺物らしいのですが。
いったいなんなのでしょうか、これは?)

古物商は嬉しそうに答えた。

(これは『電話』というものですよ。
GPhoneのNF-507という機種ですね)

(・・・デン・・・ワ・・・?)

(そう、電話です。
しかも。
人類史ミューゼアムアーカイブにもデーターがまだ登録されてない貴重な型式の、です!
掘り出し物ですよ!
金庫で密閉されていたせいで保存状態もかなり良い!
いやあーこりゃあ!
ホントに来て良かった!)

ギィィギィィ!
古物商が依頼主から借りている身体が激しくきしむ。

古物商の興奮がまったく理解できない依頼主の沈黙へ、古物商は解説を始める。

(電話というものが何かを御説明する前に。
アナタは我々の古い古い祖先が、タンパク質ベースでできた肉体というものを持っていた事を御存知ですか?)

(ええ、うっすらと。
人類史ミューゼアムアーカイブにアクセスしたことがないので、漠然としたイメージしか持ち合わせてませんが・・・
その頃はみんな、変わり者のワタシのようにこの地表へずっと『着地』して生きていたそうですね)

(はい、そのとおりです。
みんな変わり者だったというより、それしかできなかったというか。
ネットワークユニバースが、その頃にはまだこの世に出現してなかったわけですから)

(はあ・・・
という事は千年以上も前の代物ですかこれは・・・)

依頼主が用意した旧式な来客用のボディには簡易的なアームしか備わってなかったので。
そこへ自分のパーソナリティを『着地(ダウンロード)』させている古物商はインストールしてきた最新バージョンのメカニカルドライブプログラムをなんとか適合させ、テーブルの上から電話をアームで持ち上げた。
ヘッド部の側面へ近づける。

(肉体と呼ばれるものを持っていた頃の我々の祖先は。
口と呼ばれる器官から音と呼ばれる信号を発し、
耳と呼ばれる器官でその音を受信してコミュニケーションを交わしていたのですよ)

(クチ?
・・・ミミ?
・・・オ・・・ト?)

理解が追いつかない依頼主が、カメラレンズしか付いてないつるんと光る頭を、?と傾げたのには構わず、話を続ける。

(そして。
パーソナリティ情報のみの存在となった今の我々が使っているこのネットワークコミュニケーションではなく、このような電話という外部デバイスを使って遠方の相手と音情報などを送りあっていたのです)

ヘッド部の耳あたりへ電話をアームで押し付けた古物商は、その様子を実演して見せてあげるが、

(はあ・・・
へぇ・・・
ほぅ・・・???)

まったくそのイメージが想像できないらしい依頼主。

まあ。いっか。
古物商は、早々にこの話は切り上げるべきだなと思った。

(ネットワークユニバース以前の世界に御興味が湧きましたら、人類史ミューゼアムアーカイブへ暇な時にでもアクセスしてみてください。
では。
買い取り査定の金額をお見積もりして、後ほど御連絡いたします。
かなりのお宝ですので期待していてくださいね!
査定の金額で交渉が成立しましたら。
うちの専門スタッフがこの電話のデジタルマトリックス化をしに改めてこちらへお伺いいたしますので)

(え?
・・・ああ。
あ、はいはい!
ええ!ええ!
どうか、よろしくお願いいたします!)

理解不能な明日使えない無駄知識よりも、
明日からめちゃくちゃ使えるリアルな話しに対しては、やっと依頼主は反応できた。
つるんの卵形ヘッドから伸びているアームをテーブルにつけ、ぺこぺことヘッドを振っている。

(それでは失礼いたします。
ありがとうございました)

別れの挨拶をした古物商が来客用の身体からログアウトすると、依頼主が住む古民家の天井から回線コードで釣り下がっていたジュランミンのボディは、ガクリと緩んだ。

ほくほくした気分で古物商(のパーソナリティデーター)は、ここへやって来たのと同じ、唯一こんな辺境まで接続している回線のデーターバスへまた乗りこむと。
無限大に展開するネットワークユニバースのかなり端っこのセグメントにセーブされてる自分の店舗『古物カンテラ』へとコンマ3秒の長旅でパーソナリティデーターをアップロードし、帰っていった。

(おわり)



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