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Stones alive complex (Taichin Rutilelated Quartz)


住人たちの向こう見ずに騒ぐ仲間意識の強い顔の列が、
タイチンルチルを珍しいものを見る目つきで過ぎていった。

コクピットの上で、そつなく物静かな態度をし、そっちは見ないようにする。

走り出した二足歩行車は、姿勢制御システムの働きで軋みもない人力車形状のコクピットの中に、
お姫様風横座り姿勢でお澄まししたタイチンルチルを乗せ。
ダチョウの足みたいに回転するクランクが巧みに地面をつかみ、鳩時計の街並みの中へブーストが爆ぜる排気音を吐いていく。

頭には大流行の、伸縮すると色差の絶対値で星が発光するフラクタルターバンを巻いたタイチンルチルの衣装の方は、薄手で短い走馬灯模様のワンピース。
オープンになってるカウリングを突き抜ける好奇心の風が、
長い多次元織りの腰スカーフを後ろにたなびかせていく。

彼女が駆け抜ける鳩時計の街には、
有機質無機質の違いを超越した生命たちが溢れている。

賢人だったり面白い感じに狂っていたりタンパク質だったり陶器だったりの多様な組成の住民は、
やっかいな事に、それと出会えるのは当人の知的レベルとはあまり関係がない時空連続体のどこかにある聖魂の境地への手がかりを発見しようと、日夜うろつき回っていた。
なるべく人の集まってる広場に集まってきて、人口分布の偏りを作る。
そこで人生の青写真やプロトタイプを公開しあい、
昼夜たがわず混雑する人混みへ見つからない捜索依頼のチラシを撒くのだ。

これは、待ち合わせの時間には、ギリで間に合わないかも・・・
と、タイチンルチルは唇を噛む。

タイチンルチルは。
この出発前1時間のわずかなあいだに、電熱板で髪を直線に圧着固定するとか、まつ毛をハサミ型のプレス機で無茶なカーブに反り返らせるとか、乳液状の偽装皮膚を塗布してないかのように頭部の前面へ塗布するとか、その他何工程もある、男性目線からすると恐ろしげで摩訶不思議なデートコンディションの調整をこなしてる。

『時は金なり』と先人は言うけれど、
今の彼女は、『金は時なり』のモードで稼働していた。

楽しい時ほど早く過ぎる。
その事から考えるに、
実は人は、物理時間の支配が及ばない心理時間の中で常に生きている。
ならば。
1日24時間は、みんなに平等に与えられているというのは物理領域だけに成り立つ話なわけで、
心理領域での1日の長さは、みんなに不平等なのだ。

おはじき通りから、猫またぎ街道の手入れされてない敷石にはいると、
オールタイムパブ《いつだっ亭!》の看板が見えてきて、常識外れな騒がしい音が聞こえてきた。

パブの支配人マダム・オパールが先週金曜に主催した未接続者プラグ規格再設計パーティーでタイチンルチルは、
ケーブルテレビのシナプス融合工事業をしているという24Hサイクル人の男性と出会った。

パブそのものは、昔ながらの規格の店だから、旧世代の24Hサイクル人でも入れる。
なので客層は陶器形成外科の医師からコンビニクジの四等フィギュア人までおり。

そのパーティのいちばん危ない企画として、割り箸投入式のルーレット遊びがあって。
脳ミソが寝不足でぼんやりした参加者たちが割り箸すら指でつかめない中、唯一つかめたルチルクォーツに、
シナプス融合工事業氏との強制デート権があろうことか36Hサイクル人のタイチンルチルに、見事に当たったのだった。

タイチンルチルが急いでいる彼との待ち合わせ場所は、
ここから20キロほど離れた《いつだっ亭!》の別館。

別館の「べっ」という響きが、なにか特別な事が起こりそうな場所だとルチルクォーツに匂わすのは、
遅刻の焦りと秒針が動き始めた生板の上の恋のうわつきが混ざった今の高揚感にそそのかされた錯覚なのだろうか?
即答で断言させていただくなら、もちろんそれは錯覚だ。

そこへ行くには猫またぎ街道を通り抜けた先の、傾斜が急で暗い坂道を登る。
両側に天窓が並ぶその坂を登ってゆくと大通りに出て、
その通りを北へ11キロほど行ったとこに第5次サービス残業抵抗大戦でできた亀裂があって、
それを飛び越え、崖の向こう側のそっくりなドアがある2軒の家の左側が別館だ。

暗い坂道を登りきったとこで二足歩行車は、
やたらとハッピーなカーニバルにぶつかり、足を止めた。

ハイテンポでワーグナーを奏でる機械仕掛けの楽隊車だの、はしゃいで逃げ回る見物客へ電極と電解液入り風船を投げつけ容赦なく黄金色に電気メッキしてるダンサーだのの行列が大通りを隙間なく独占して行進している。

なんか、ルートナビが変だわ・・・
渋滞は予測して回避するはずなのに。

直感してルチルクォーツはコクピットへ呼びかける。

「ちょっと確認してよ。
ルート選定の優先モードは『時間優先』になってる?」

ヘッドアップディスプレイが瞬き、二足歩行車のコンピューターが答えた。

(いいえ。『観光優先』になっています)

「うわあぁ!それでかーっ!すぐに緊急の時間優先モードにして!」

(了解です)と二足歩行車は、助走無しの大ジャンプで石畳を割って飛び上がり。

それから鳩時計の街並みの屋根づたいに、ぴょんぴょん走り出した。

(おわり)

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