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Stones alive complex (Black Opal)

WiFiの電波網がこの惑星を覆い。
仮想ベースで構築された絆やバーチャルなコミュニティが世界の隅々に乱立してはいるものの、架空事象への依存と現実事象への依存との境目が消えてなくなるほどには事物が混在していない、それほど遠くもない未来。




仕事から帰ってきて、新居のドアを開けた。

正しくは仕事あがりから始めた仲間たちとのドンチャン騒ぎから帰ってきて、新居のドアを開けた。
深夜12時はとっくに過ぎている。

『遅いーっ!
遅すぎるーっ!
毎晩毎晩、何度も同じこと言わさんといてよ!
お母さんがどんだけ心配してたと思ってんねん!
もーっ!!』

玄関口のスピーカーが、
小言を悲痛な口調でわめいた。

『もーっ。
お母さんはオマエのことがいつもいつも心配で心配で、身も細る思いやわ・・・
て言うて、身はぜんぜん細る気配がないけどもな・・・ぷぷっ』

笑えんギャグや。昨日もおとといもさきおとといも、そのネタ聞いたし。
細るわけがないやろ。

貴女という存在は、この家という建造物やし!

貴女のその心配も。
おかんが言いがちなキラーワードをビッグデーターから導き出した統計上の擬似的な心配やし。

居間まで、てくてくと歩いてゆき。
ソファーへカバンを放り投げて、その横にどかっと座る。

『もーっ!
のんべんたらり~って、くつろいどらんと!
お風呂湧かしてあげてるから、
さっさと服脱いで、お風呂に入りなさい!
汗くっさ!
酒くっさ!
もー!もー!
もーっっ!』

居間のスピーカーへと移動してきた家の声が、
がなる。

ビッグデーター統計的に、おそらく。
おかんのキラーワード1位は、
「もーっ!」
なので、あろう。

この。
「家そのもの」がスマートスピーカーとなった最新式の一軒家へ引っ越してくる前は。
これからいよいよサイバーパンクで近未来的な電脳ライフが始まるのだ!と、ウキウキしたものだった。

友人たちへも、散々に自慢をした。
キューブリックへのオマージュを込め、
「うち来る?時計仕掛けのオレんち、へ?」
というギャグも、相手が無反応になるまで散々に連発した。

しかし、住み始めて一週間目。
友人たちをここへ誘う気持ちは、霧散している。

ディフォルトで初期設定されてる家の人格キャラタイプが、
「おかん」
って、どうゆーコンセプト?!

入居申し込みの書類へ、
「独身、男、20代前半」とチェックを入れたせいか?

まことに申し訳ないことだが。
親しみを絞りだし出来うる限り気遣った表現で、いろいろと言わせてもらえるならば。
この家の人格は・・・

「まじうざい!」

溢れんばかりの母性が積まれすぎて自らの重みで崩落し、粉々となったその破片がこちらの自立したプライベート空間の重箱の隅々にまで転がってきちゃって、細かい隅々にへばりついたその母性の眼球から四六時中見張られ、事ある事に突っつきまわされてる感じ。

「ありがた迷惑!」

なんだろうこの言語化しずらい種類の絆は?
してあげてると遠回しにアピールされてる身の回りの世話を、むしろこちらはさせてあげてる感覚で成り立たせている関係性?

「ほっといてくれ!」

ソファーで寝転びながら、ミノムシが脱皮するように服を脱ぎながら、脱いだ服をソファーの回りへ撒き散らしながら、うつ伏せになりながら溜息をつきながら、スマホで今日のトップニュースを観ながら、ヘソを掻く。

ニュースサイトには。
この家(スマートホーム)を開発した会社が、大手の家電販売メーカー「ブラックオパール社」と業務提携したとの記事があった。

「もーっ!
もぉーっ!
はよ、お風呂入りなさいってばもーっ!
いつまでそんなスッ裸で脱ぎ散らかして寝転んでんのっ!いい歳してっ!
お母さん恥ずかしいっ!
風邪ひいたらどないすんの!」

「お風呂入りなさいってば!」の言い聞かせのタイミングで。
家の天井からダクトパイプが降りてきて、脱ぎ散らかされた服がヒステリックな吸引力により残らず吸い込まれる。

「お母さん恥ずかしいっ!」の小言のタイミングで。
部屋の明かりがヒステリックに明滅し、監視カメラの赤いランプだけが暗転のたびに鋭く浮かび上がった。

そして。
「風邪ひいたらどないすんの!」の、むしろオマエよりも雑用が増えてアタシが困る含みな当てつけのタイミングで。
ダクトパイプからヒステリックな勢いで猛烈な熱風が放たれ、むき身になってるこちらの体を直撃した。

「熱ちっ!
あちちちちーっ!
熱いっちゅうねーんっ!
殺す気かーっ!」

ソファーから跳ね起きる!

家中に設置されてる全スピーカーが、ボリュームを最大にして絶叫した。

『殺す気かなんてーっ!
お母さんに向かって、なんてこと言うのこの子はーっ!
オマエが風邪ひかんように全力で愛情の熱風を吹きかけてあげたのにーっ!
ほんまに親心、子知らずやわ!
オマエのためにやったげてるのにー!
もう、お母さんは知りません!
勝手にしなさーいっ!!
うわぁーーん!
うわぁーーん!』

「オマエのためにやったげてる」のキラーワードを発言したあたりから、
ダクトパイプからの熱風が止まり。

入れ替わりで大量の水が、
うわぁーーん!うわぁーーん!
という轟音をたててダクトパイプから吹き出てきた。

むき身の自分と居間は、
その冷水を浴びて水浸しになってゆく。

「冷たいっ!
今度は冷たーいーっ!
冷たいやろがーっ!
おいおいっ!
なんちゅうことするんやー!
居間が水没するやろー!!
泣くな!
わんわん泣くなーっ!」

『ふん!
お母さんは泣いてなんかいません!
子を想う母心が深く傷ついたことは事実ですが、
これはその衝撃で母の心以上に洗濯装置が傷ついたために故障をしてしまったのですっ!
わーん!わーん!わーん!』

水量が、わーんわんに増してゆく。

「分かったって!
謝るからー!
謝るからすぐ直して!
洗濯装置すぐ直して!
ついでに御機嫌もすぐ直して!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

水流が、ピタリと止まった。

『もーっ。
応急処置で直しましたよ。
でも、なんとかお母さんが直したこの洗濯装置が心配で心配で心配なので。
オマエが明日、会社で真面目に働いてる間に、業務提携してる「ブラックオパール社」さんが発売したばかりの新型の洗濯装置と交換してもらうように、オマエのために、うちの本社へすでに手配しときました。
なお。
代金はオマエの来月の給料から自動引き落としになります。
もーっ♥
ありがたいわぁ。
これでお母さん洗濯がすごい楽になるわぁ!
なんて親孝行な息子なんやろ!
お母さんはこんな親想いの息子を持って世界で一番の幸せもんですっ♥
さあさあ。
繊細なとこ丸出しでぼーっと立ってないで、
はよ、お風呂入ってきなさい・・・』

業務提携って・・・
こういう作戦だったのかよ・・・

(おわり)





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