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Stones alive complex (Matrix Cavansite)

蝋が、燭台の縁からしたたり落ちてくる。
燭台の下の床で平たくなって、ぽたぽたの丸いオタマジャクシ模様になった蝋からはすぐに手足が生えた。
それはむくり起き上がりると、燭台を這い上がってロウソクの根元へ戻ってゆく。
無限のロウソクは短くなることもなく、虐殺されたディナーの残骸へ、ちらつく哀れみの光を投げかけていた。

「でもしかしだが!
神秘の振り子の重りが切り裂く時系列が、時を斜めに走り、次元の亀裂が産声をあげる。
穏やかな緑地で隠された荒々しきマグマと同じく。
神々しくも魔力に満ちて、ざっくり欠けた月の本性。
自らの魔性を自覚して泣く女が通う、フレンチレストランのように」

この朦朧とささやいてる彼女に招かれた、私の誕生日の晩餐にいる。

予備知識として解説しておこう。
前世、来世という概念がある。
今の時点では、その存在を否定も肯定もしないが、彼女によればもうちょい込み入った仕組みらしい。

彼女は56億7千万年後から、生まれ変わってきた。
そう。
一般に普及してる輪廻転生の理解とは、ちょっと異なる。
今世が終わったら、来世という未来に生まれ変わるものと思っていた。
しかし、どうやら過去へ生まれ変わって過去の人間となる場合も多々あるらしい。
つまり。
今世のこの世界には、もちろん過去から生まれ変わってきた者もいるが、未来から生まれ変わってきた者もたくさんいて、履歴がごちゃごちゃしてるのだそうだ。

前世というものがあるのなら、どうしてその記憶を覚えていないのか?よくあるこのベタな疑問は、そうであるならば簡単に説明できる。
未来世界の記憶を覚えている者が今世にいたら、歴史がめちゃくちゃになるからだ。
忘れて来なきゃ、えらいことになる。
もしかすると革新的な技術を発明する発明家は前世は未来人で、その記憶が少しだけ漏れ出したのかもしれないとも仮説できる。

時空とはその基盤の領域において、単純な直線では進んでいないってことか?

そして。
前世である56億7千万年後の未来記憶を、うっかりぜんぶ思い出してしまった彼女が目の前にいた。

酒豪の彼女は食前酒にこれぐらいはいいでしょと言って赤ワインを少々三本ほど嗜んだのだが、それが全身の血管にほかほかとしみ入ってきて、火照りを覚ますわと膝の上から決して離さなかった大きなバッグのサイドポケットからこっそり取り出したストロングなんとかの缶を一本空け、冷却効率が弱いわとイラッとした態度でバッグの底から取り出した日本酒の一升瓶をおチョコも升も使わずに空けた。
おそらくその時、体内に吸収された各種アルコール成分の配合比率と量が偶然にも滅多に放出されない特殊なアドレナリン分泌をうながして、たぶん松果体とかのカタギの人間ががあんまし関わっちゃあかん部位の器官をごりごりしごいてしまったらしい。

突然彼女に、56億7千万年後の過去世?の記憶が蘇った。その記憶とは56億7千万年後の人類(というか人類後の生命体かもしれんが)が標準で備えている能力のことでもあったのだ。
彼女が語り出した話は、酔っぱらいの戯言だと聞き流して面白がっていたのだが、彼女はそれを実証してみせた。

「はてさてちなみにつかぬことだけど。
あれは、なあに?」

泥酔して正体を無くしたのだと思い、瞳の色がグリーンになった彼女が見つめる物の名前を答えた。

「あれはね。
ろうそく、っていう物だよ」

「ろうそく・・・」

彼女に呼びかけられたろうそくに、生命が宿った。

続けて彼女は、世界を認識し始めた幼子のように尋ねた。

「ともかくだとしたら結局。
これはなあに?
これはなあに?
これはなあに?」

「それはね。
鳥だね。鳥の唐揚げみたいな料理だよ。
初めて来たんだから、フレンチレストランのメニューなんて正確に覚えてないよ。
こっちはローストビーフみたいなやつだな。
これは、羊の肉かなあ」

その具材名を、彼女は復唱した。
原型を留めてないほど料理されていたテーブルの食材が、原型を取り戻した。

ほとんどの客は逃げ出したが、逃げ遅れた私と厨房からいろんな刃物系を振りあげ駆けつけてきたコックさんたちとで、突然復活させられびっくりして暴れ回る食材の原型たちへ飛びかかり、再び下ごしらえ程度までにはなんとか戻せた。

「うちの料理がお騒がせして、大変に申し訳ありませんでした。
すぐに作り直して、お持ちいたしますので・・・」

レストランのスタッフがまだ食材の残骸をモップで片付けてる中、ギャルソンが沈着冷静な声を保ったまんま彼女のグラスへ、ワインのボトルを近づける。

それを慌てて制した。

「君が、前世の記憶を取り戻したことは信じよう。
懐疑的なスタンスだったけど、こういう仕組みならば、生まれ変わりという現象は逆に信じられるよ。
ていうか、信じた方が面白いという理由でね」

「はっきりと確実なる明鏡止水」

「この一連の出来事から推測すると。
56億7千万年後の人類というか生命体は、カルマから解脱できて、完全に補完されているってことかな?」

「たちどころに要約してざっくり言うと。
補完じゃなくて、
ぽかーんとしてる・・・」

(おわり)

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