Stones alive complex (Oil in quartz)
そして、オイルインクォーツ・・・
彼女は、まったくの別物だ。
時代の流れとは無関係な時間軸を泳ぐ超マイペースな結晶人魚。
オイルインクォーツがまったりと泳ぐ時流水槽の隅っこには、
城壁と牢獄、両方の機能を兼ね備えた格子の仕切りがある。
『時間は時速1時間と決めた女神』が、その格子を挟む形でオイルインクォーツの眼前に対峙していたが、オイルインクォーツの存在には気がつきもしなかった。
女神は、その淡白き手に包んだ鳩時計を静かに見つめて立っている。半眼の眼差しは何も語らず、落ち着き払い、その顔にわずかな抱擁の憂いがうかがえるだけだ。
ふと物悲しい不条理感を、
オイルインクォーツは覚えた。
人は命尽きても自らに与えられた時間の偉大さは、ついぞわからないという、ちょっとブラックユーモアながらも寂しい思いだ。
だから愚かだという話ではない。
生の始まりから貶められているロジックトラップが組みこまれた格子の内から、解放してもらえてないだけだ。
そうなのだ。
格子のその内でいくら優劣を比べても、
意味など無い。
かの高貴で狡猾で横柄な勢力が、
どれほど考え、画策し、労力を費やし、丹念に組み上げたダブルバインドロジックの格子を使って、人類が内包している偉大さを知的生命体誕生の時から何世紀にも渡り囲いこんできたか?絶対にわからないだろう。
彼らが、なぜそうしなければならなかったのか?も、わからないだろう。
敗北を知らぬ彼らが丹念に格子を組む際にその内へ表現する、ほとんど隙間のない芸術性も、論理枠の完成度も、やはり理解できないだろう。
しかし、その内に創造されたのは鳩時計が鳴くポッポなサイクルであり。
その内その内の時間感覚こそが、よく知られた通常のライフサイクルというものだ。
より偉大なる進化のためには、時間的犠牲を払わねばならない・・・と、その内へ彼らはいうが。
その観念こそが、ダブルバインドロジックの最たるトラップとなる。
まあ、何にせよ。
理解できていようがいまいがお構い無しに、彼らから与えられた時間観念どおりの日々はその内に続いてゆく。
日々に追撃され、自分を覆って逃そうとしない格子のその内が、いったいどんな構造をしているのか考察する時間の隙間こそがない。
それもまた、その内その内のロジックトラップが持っているサブルーチンなのだ。
オイルインクォーツの心をよぎった不条理感のこのひとり想いは、3ナノ秒のペースだけ続いた。
気を取り直し、オイルインクォーツは散り散りになって辺境を気ままに放浪している『秒』を呼び寄せ、集め、その核にわが身を置いた。
『秒』を好きなだけ吸いこみ、背骨周辺でぐるぐると渦を巻かせ、それをしっかりとテトリスのごとくにペースとして積み立てる。ペースのステージが上がるにつれ、自分を中心に時間軸が回りだすのが感じられた。
いまや、自分そのものが時間軸となっていた。
これが彼女が持つ余暇力の、真の力だ!
幼い頃には有り余るほどにあった余暇、いつしかこれまでの長い人生で常に求めさせられることになった余暇。それはずっと自分のものだったことを、余暇力は体現させる。
余暇力は、その者を時間の中心に導くのではない。
その者を時間とする。
オイルインクォーツが自分のいちばん深く大きな余暇の隙間へ時間のうねりを引き入れると、時間はオイルインクォーツの意志に従うためだけに、そこへ存在した。
64ナノ秒さえあれば。
どんなやりたい事でも、自分のペースでのんびりとこなせた。
一秒は、一生に相当した。
マイペースには、このような高速の種類もある。
こんな超マイペースのオイルインクォーツにとって。
通常時間として与えられている残り約24時間の時間帯の方が、何も成さないサービス残業に思えた。
(おわり)
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