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Stones alive complex (Pietersite)

金魚が逃げた。

体力増強のための運動用大型水槽から、糸の粘性を向上させる培養水槽まで戻す際に。
ちょうど宅配屋さんが来たので移動用のコップに金魚を入れたまま、作業台の上に置いておいた。
荷物を受け取り部屋へ戻ってみると、水浸しの中にコップが転がっていて、金魚が消えていた。

ただの金魚ではない。
運命の赤い糸を紡ぐ金魚だ。

とある特殊な培養液の中で育てると、
金魚は運命の赤い糸を排出する。

それは、とても細くて切れることのない粘土状をしていて、どこまでも伸び続ける人工培養運命の赤い糸。

カイコが吐き出す糸のように金魚は縁を紡ぎだす。
カイコは糸を口からはくけれど、
金魚がどこから糸を排出するのか?については、どうか賢明な皆さんお察しください。

小指に結ばれている運命の赤い糸は、
誰にでも結ばれているものではない。
結ばれていない人もたくさんいる。

この世を皆さんの賢明なる視点で見渡し、ちまたにたむろうカップルの成立率がいかほどなのかを考察すれば、その切なき事実は一目瞭然だろう。

そっちの結ばれていないグループに自分も属していることが判明した時。
なんとしても運命の赤い糸を小指に結んでやる!そう決心した。

試行錯誤の末。
特殊な育て方をした金魚から、
運命の赤い糸が作り出せると発見したのだ。

あらかじめ、こちらの小指にはすでに赤い糸の端を結んであったのは幸いだった。

糸の反対側の先にいるはずの金魚の姿は、部屋のどこを探してもなかった。

金魚が排泄・・・じゃなくって紡ぎ出す赤い糸をなるべく長く長ぁ~く伸ばし、広大な範囲から相手を探せるように、もっと!もっとだ!と欲を出しすぎたのが悪かったのかもしれない。
月まで届くまでの長さになっていたような・・・

「ピーターサイト型可視化変調式運命の赤い糸検知ゴーグル」をかける。

赤い糸というものは肉眼では見えないが。
このゴーグルさえあれば、赤い糸の微細なオーラを検知して追跡が出来る。

自分の赤い糸が、いったい誰と繋がっているのか?どうしても知りたくてこのゴーグルを作った。
のだが、知ったのは自分の小指にはなにも結ばれていなかった・・・という話の土台からひっくり返される現実。

検知ゴーグル越しに部屋を眺めてみる。

自分の小指から伸びてるほんのり赤く光る糸は、部屋から出て玄関へと続いていた。

ゆっくり歩きながら、糸を追跡する。

元気よくピチピチ跳ねていったらしい軌跡どおり、糸もジグザグの形で床に残っている。

玄関の閉まったドアの下で、その軌跡は一旦途切れていた。

えっ!外に出てしまったのか?!
まさか!どうやってドアを開けた?

あっ!
宅配屋さんが来た時に、
我々の足元をすり抜けて外へ飛び出したんだな!

こりゃあ、やっかいなことになったぞ・・・
あんな小さな金魚を広大な世界の中から探しだすなんて至難の業だ。
運命の赤い糸を結ぶべき人を探すよりも、はるかに困難な捜索になるだろう・・・

しかし。
やり遂げる!

この消え入りそうに細く赤く光る糸を、どこまでも追いかけてやる!

決意を固めてゴーグルをかけ直した。
どんなに見極めにくくて微かだろうと、赤い糸の痕跡は絶対に見逃さないぞ!

足元を慎重に注視しながらドアを開けたら・・・

見渡す限りの世界は、糸の渦に巻かれて真っ赤になっていた。

(おわり)

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