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Stones alive complex (Cantera opal)


「二度寝の痕跡は、こちらで完全に記憶からデリートいたしました。
理性の門の検兵を切除していただいたこと、
まずは感謝申し上げます」

待ち合わせ場所の、食べ損ねた朝食の森の前。
そこへ現れたフローライトは、
縄文時代終焉から決着がつかない弥生勢力との長期戦がうわずかせる声で、そう礼を言った。
その口調で、血痕から分析するDNA鑑定と同じく、フローライトがどこの系統のどんな階級かを特定できそうだ。
世話役として紹介されたこのフローライトには、他にも目ざとく指摘できる自分と同じ職業的特徴があったので、
カンテラオパールは尋ねてみた。

「御職業は、戦士でいらっしゃいますか ?」

「いえ。
以前に、基礎知識としてたしなむ程度に修練したことはあるんですが。
本業は武器職人です。
持ち合わせてる戦闘知識のほとんどは机上で膨らませたものですよ。
もっぱら裏方仕事です」

そう言って、
そのへりくだった言葉を自分で消化するのにぐずぐずして顔に血が回り赤面している。

ちょっとしたコツさえ会得すれば、剣士へ昇格できるレッドカーペットが足元から伸びるのに。
その謙虚にも聞こえる無意味な葛藤で赤く熱くなった頬。
それもまた辻褄が合わなくなった行動指針のひとつか。

カンテラオパールは、そのフローライトの萎縮に気を使って戦果報告へ話題を戻す。

「やはり検閲に統治されてる地域は、劣化して辻褄が合わなくなってる理性的行動指針の分散が際立ってました。
健全な睡眠時間内では切除部分の集約がしきれなかったので、
セオリーどおりに一旦理性を醒めさせ、
それにより分散ポイントを見極めてからまた二度目の睡眠に導き、切除いたしました」

この場に吹きつける風向きが変わったわけではないのに、
次章がそろそろ幕を開ける予感をカンテラオパールは感じた。
寝ぼけが残る午後の短い影が、予兆としての沈黙で後頭脳細胞の遠景を埋めてゆく。

フローライトは感服した様子で、

「そういう複雑な戦術セオリーを、生まれついた時から学ばれた方なのですね」

「とんでもない。
ワタシなど、長年自分に向いてない学問で時間を無駄に費やされ、
その度に向いてない理由を導き出してきただけです。
まあ。
その紆余曲折の末にたどり着いた唯一適性があったこの職業で、
あの頃の無駄な学問が役に立ってることがあるとすれば、
あれらが御旗にしている正義の種別は、正義ゆえの危険性を内包しているタイプだという深い実感です」

「あの種別の正義ゆえの危険性ですか。
ややこしい正邪の絡み具合ですよね。
それに対抗しようとしてるこちらのスタンスが備えている利点としては、
こちらサイドは自らを正義などとは露ほどにも思ってはいないということ・・・でしょうか・・・」

フローライトは遠慮を表した正確に水平な流し眼でカンテラオパールを見て、
少しトーンを落とし。
続けて言う。

「ワタシは、アナタの頭を抱えさせる図々しい真似をしてしまっているのかもしれません。
身の程もわきまえず御助力を申し出るなんて。
でも、この仕事を御依頼した時のアタナのお話しぶりに、
なぜかつい涙に濡れ、我を忘れましたもので」

そんな、戦いで朽ちた鎧の絨毯を歩いてきた者への畏怖の視線を投げる。
それが相手の戦意に、どれだけ負荷をかけるかまで見積もってる顔つきで、

「正直に申しあげて、ワタクシたちの力だけでは、
アナタのように段取りよくあれを消去できませんから。
ただ。戦況の理解だけはしておき自分を納得させたいと。
その為には御一緒に前線へと身を置くのがいちばんと思った動機もあります・・・」

丸めた拳で軽く咳きこみ、それで口を拭ってから、唇を尖らせた。
口の端だけはなんとか笑っている。

カンテラオパールは。
数秒間、何事か考え込んだ。
少なくとも考え込んでるときの表情は浮かべた。
しばらくして、自分が何を考えたがってるのか考えついた。
もっと彼とフランクな会話ができる時間があれば良かったのに・・・だ。

カンテラオパールはフローライトに語りかける。

「何度体験してもこのセルフイメージが革新を始める緊張感には、痺れてしまうんですよ。
痺れとは、あの頃いつも聴いていたグランジロックなニュアンスで・・・
丹田の基盤から揺さぶられる心地よく激しい違和感のビート・・・みたいなね・・・」

そして、
ふたりは、同じ方向へ身体を向けて身構えた。

タイミングを合わせたのか。
食べ損ねた朝食の森の中から、
怒号と歓声が響いてくる。

自己実現と対立していた自己防衛概念兵団が、
切り刻まれた検兵の理性を修復しようと押し寄せてくるのだ。
それもまた判で押したようにセオリーどおりな対抗反応。
むしろ、判で押したように我々を動かそうとしてる概念なのだから、
そのワンパターンさこそが本質だとも言える。
肝心な剣筋ですら数千年経っても全く変えようとしないのは、
戦うにはやや退屈な相手だとも思う。

セルフイメージ内に広範囲に散らばってる防衛概念は、
個々に追いかけ回すよりも、
こうしてまとめておびき寄せたほうが戦術として能率がいい。

カンテラオパールとフローライトは、
顔を見合わせることなく息を止め。

フローライトはエフィカシーシールドを胸の前へ持ち上げ。
カンテラオパールはマインドジャマースレイヤーの長剣を抜いた。

(おわり)

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