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Stones alive complex (Rhodochrosite)



ホールの中を跳ね回っていた赤い音符の嵐が、ふいにやんだ。

8ビートが止めどもなく放出する螺旋の音符にまたがりハイスピード阿波踊りをしていたバック菩薩ダンサーズの一団が、ホールの天井へ小躍りしたまま退却してゆく。

休憩時間と勘違いしたらしく。
その流れでのんびりホールの屋根の上で車座になって、
汗を拭いたり衣装直しをし始めた。

ロードクロサイトはかき鳴らしていたマントラギターを物憂げに肩から降ろす。
つまんでた電撃ピックを胸元へ収めた。

先ほどまでの爆裂するビートの嵐とはうって変わり、
ホールは空気の分子すらも休憩気分で床に座り込んでいる。

ふーっと息を吐き。

複雑な面持ちの思案顔となるロードクロサイト。

「何かが・・・納得いかないわね」

マントラギターは、ベルトをつかまれながらボディを床に置かれた。
弦のテンションを会話モードに切り替え、ロードクロサイトへ向けて響かせる。

(何がですか?)

「分からない。
理由も無く、演奏を止めたくなったの・・・」

(何事にも、理由は必ずありますよ。ロードクロサイト)

ロードクロサイトは、思案の面持ちを崩さずにうなずいた。

「それ。
それこそ、納得がいかないのよ。
理由が必ずあるっていう真理が・・・」

ロードクロサイトは天井を見上げた。
屋根の上では菩薩たちが、諸行無常コーヒーやら諸法無我ビスケットなどを布施しあって波羅蜜談義をしている。
その気配をうかがった。
遠くの雷鳴に似た、お茶会の談笑が天井に響く。

肩をすくめ、髪をかきあげた。

「理由が分からないものにも必ず理由があるなんて。
だったら、納得いくその理由とやらをどうしても知りたくなってしまう・・・」

その種類のロードクロサイトの思い悩みは、楽器の自分には担当外だと言わんばかりに。
手持ち無沙汰そうに、
マントラギターは内蔵されたモーターをくるくる動かし、ヘッドに並んだペグを回して緩んだ弦のチューニングをはじめた。

眼になってるボリュームコントロールノブがキョロキョロ回転すると、6本の弦の張り具合が波形の画像となって映し出される。

ロードクロサイトはひとり、ボルテージを鈍らせている拘束感めいたものの正体を探っていた。

チューニング波形は、共鳴していない弦を不鮮明な表示で映す。
マントラギターがそれを鮮明に合わそうと千分の一角度でペグを調整する。

不鮮明なほうが、生き生きしているように感じる・・・
ギターベルトをロードクロサイトは引っ張りあげた。

「無心で弾いていたけれど。
無心で弾こうとしていたところが無心ではなかったのかしら?」

ロードクロサイトの心臓が、肋骨を押し出す勢いでどくんと痛いほどに脈打った。

ロードクロサイトは、ネックをむんずとつかみ、
マントラギターを持ち上げた。

「あわわ!
まだチューニングが途中なのですがっ!?」

片手でギターを振り回す!
竜巻が起こる!
座ってた空気が巻き込まれ飛び上がった!

「有り得ないチューニングで構わないわ!
これでいく!」

マントラギターは、
あひゃーーっ!と悲鳴をあげたが、
ドMに喜んでる波動がどことはなしに混ざってる。

「無我の境地になどなれる訳がない!
なってどうなる?!
ならば・・・」

ギターを肩にかつぎ、
胸元からピックを取り出す。

「あえて逆に!
『我』をたんまりぶっこんでみる!
こそこそ隠れてる理由とやらを引きずり出してやるわ!」

力任せで、マントラギターの弦をアタックした!

我!我!我!戯世因ぃぃぃいーん!!🎵🎵

素手の指で電撃ピックをあまりに強く握りしめたから、
過剰発電で溢れたフィードバック信号の通電が、もろに肩まで走る。

ものすごい不協和音が、ホールを揺るがした。

不協和音はホール壁面の鳳凰のレリーフに反響され、さらに不協の連鎖が鋭角に枝分かれする。
あちこち欠けまくってる音の周波数が、あちこち欠けたとこと合致する周波を切望する叫びとなり、
渇望の爪で空気をひっ掻く!

(こりゃまたー!
粋狂なリフでござんすー!)

マントラギターのおろおろ声、
それとホール全体を乱数分割で引き裂く戯世因~ん!の轟音に。

屋根でぼさっとしてたバック菩薩ダンサーズは、
そのフレーズにびっくりして。
慌ててそのビート用の衣装に着替えると、
真紅なフリンジの裾を振り回し、陽気に天井から駆け下りてきた。

(おわり)

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