Stones alive complex (Veracruz Amethyst)
《これまでのあらすじ》
蒸気駆動宇宙船に住み込み、月の周回軌道を慣性航行でさすらう哲学者は、孤独のみを唯一の友とし、誰にも思索を邪魔されない無限の無が満ちる漆黒の狭間へ頭の先までずっぽし浸かって、哲学にふけっていた。
そこへ。
地球で広告代理店を手広くやってる旧友から緊急通信が入り「ぶっちゃけ人数合わせだが、俺が主催した今夜の合コンへすぐ来い!哲学にかこつけてぶっちゃけ究極の引きこもりしてるお前などまでを呼ばざるおえないことから、事態のぶっちゃけた緊急性をお得意の哲学的思索から察して欲しい。ぶっちゃけ拒否は不可能だ。ぶっちゃけお前には多額の貸しがあるからな!」
この蒸気駆動宇宙船の居住エリアの三分の二を占めてる書庫へ詰め込まれた膨大な哲学書のほぼ全部の購入費は・・・いや、ぶっちゃけると、もろ全部とそしてこの宇宙船の購入費用までもが、すべてその旧友から借りた金だった。
哲学者はしぶしぶ宇宙船の蒸気駆動コンピューターに地球へ帰投するコースを指示し、蒸気駆動エンジンにくべる燃料の薪を割り始めた。
・・・・・・
久しぶりにかなりの量の薪を割り終わり、全身汗びっしょりになった哲学者へ蒸気駆動コンピューターがうわずった声をかけた。
「どんな娘が来るんでしょうねえ合コン・・・
ぷぷぷ」
「興味、無い」
哲学者はそっけなく答えると、割りたての薪をエンジンへくべだす。アメジストのレンガで組まれた炉の中で紫色の焚火が輝き、エンジンルームをうす紫に照らした。
生きるとはなんぞや?
人生とはなんぞや?
それ以外の問いかけに、哲学者は関心がない。
蒸気駆動コンピューターは、からかうように紫の水蒸気を哲学者の背中へ吹きかけ、話を続ける。
「これはほぼ正解の推測ですが。
あなたの旧友さんは勝負どころの合コンから、集めた男性側参加者が別の誰かのもっとおいしい企画へと直前でバックレたのでしょう。
利害を超えた友情をつちかえてないのですね」
「それは、私とて同じことだ」
哲学者は機械のようなルーチン動作で、薪を一本一本と燃える駆動炉へと放り込み、カントの言葉をつぶやく。
「『認識が対象に従うのではなく、
対象が認識に従う』のだ」
「友情とはそういうもんだと旧友さんが認識しているから、対象である友人もそうなると?」
「理解が早すぎるな。
どういう意味ですか?とか、少しは聞き返せ。
張りあいがないやつだ。
君の私よりも頭がいいとこが、ぶっちゃけたまにちょとムカつく・・・」
蒸気駆動コンピューターはぶっちゃけ。
哲学者が長年思索しているところの、
生きるとはなんぞや?
人生とはなんぞや?
そのレベルの哲学的命題の答えは、蒸気駆動宇宙船が地球を出発してすぐあたりでとっくに導き出せていた。
月の周回軌道を、退屈にぐるぐる回されているうちには。
この大宇宙は、誰がなぜ創造したか?レベルについても、ぶっちゃけほぼ正解の推測までできていた。
だが。
それなりの気遣いをして、哲学者には黙っていることにしている。
「ほんとに、どんな娘が来るんでしょうねぇ?
どんな娘が来て欲しいですか?」
しつこくそそのかしてくるコンピューターに、哲学者は薪をくべる手を早めた。
「私は、思索の邪魔になる伴侶的な存在なんかいらないのだ!
だからこうして虚無で孤独な宇宙のみを愛し、ひとりで暮らしている!」
語気を強める哲学者。
珍しく見た彼の感情表現に嬉しくなり、コンピューターは悪ノリでつっつき始めた。
「ほぉ。
伴侶的な存在は、あなたの思索の邪魔になるんですか?」
「そうだ!
どーでもいい無意味な話題ばかり話しかけてくる!」
「伴侶的な存在は思索の邪魔になると認識してるから、対象もそれに従っちゃうのではないでしょうか?」
哲学者は、びくっと手を止めた。
蒸気駆動コンピューターは紫の煙を輪っかにしてその背中へ、ぽっと吹きかけた。
「伴侶的な存在は、生きた思索の材料を提供してくれる貴重な存在であるという新たな認識などはいかがでしょうか?
それ前提で思索してみれば、利害の点を考えても充分な利となり、対象もそれに従うはずです。
否応なしに降りかかってくる不確実な外的要因の洗礼を受けず、ブラッシュアップされてない認識はただの固執にしかすぎないと思いますけどね」
コンピューターは言葉を柔らかに緩めて、
さらに焚きつける。
「てことで!
認識をブラッシュアップしましょうよ!
ねえねえ!
どんな娘が来て欲しいですか?」
哲学者は、しぶしぶな態度をやや崩した口調で答えた。
「・・・強いていえば・・・
・・・一緒に薪を割ってくれて・・・
・・・一緒にくべてくれる娘かなぁ・・・」
「それで?それで?」
「炉の炎を一緒に見つめながら・・・
『暖かいね』と言ったら・・・
『うん。暖かいね』とか・・・
応えてくれる娘かなぁ・・・」
哲学者は自分だけを照らし、壁を埋めた様々な蒸気機関装置へその影を揺らす炉の火を、じっと静かに眺めた。
蒸気駆動コンピューターは、ぷぷっとからかうような勢いの煙を、哲学者が軽く上げてる頭へ向けて吹き出し、ぷーっと言った。
「・・・ぶっちゃけこの暮らしは、
すんげえ寂しいんじゃないですか?
ぷぷぷぷっ」
立て続けに、ぷっぷっと紫の煙を吹き出す。
同じぷっぷのリズムで、蒸気駆動宇宙船の船体が揺れ始めた。
哲学者はいつもの冷徹な声に戻り、言い返した。
「君の私よりも頭がいいとこが、ぶっちゃけ私はいつもすんげえムカいてる!」
(おわり)
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