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Stones alive complex (Rhodorite Garnet)
合言葉代わりに渡した『Tiポイントカード』の、とても小さい『i』をチラリと確認して、
レジのカウンターへ置かれた缶コーヒーを、コンビニのお姉さんは。
真っ赤なネイルの指で持ち上げ、ピッとスキャナーで料金を読み取り・・・それからは人間の目では追えない速さの手さばきでカウンターの下の隠し棚にあるドラキュラ用の缶コーヒーと瞬時に入れ替え・・・袋に入れた。
「108円になります」
袋と『血ポイントカード』を差し出すお姉さんのハキハキした声は、他には客がいない深夜のコンビニへ響く。
我々の正体を目撃する者の心配などないのに、極限まで普通の店員のふりをして秘密を守りとおすとは、見上げた責任感だ。
「ありがとうございました・・・」
お姉さんのにこやかな挨拶に、
(こちらこそ助かってるよ。色々な面でご苦労さま)というお礼の意味を込め、片眉をわずかに吊りあげる。分かりにくいウインクのようなものだ。
お姉さんは、お釣りの補充にかかりっきりでこちらの顔を見てもいなかったが、360度の警戒感覚を持つ同類へは確実に伝わっているはずだ。
自動ドアを抜けて、外へ出る。
寒風が刃の切れ味で冷たさを首筋に押し当ててきて、マフラーを急いで巻き直す。
我々には体温というものはないが、ぶるっと寒がる普通の人間のふりを常に心がけることにしている。
店内からの明かりに照らされたゴミ箱の横に立つ。
ドラキュラ用の商品は持ち帰らずに、ここで飲み食いした後、空の容器はすべて店のゴミ箱へ破棄するというセキュリティ上のルールがある。
手の中で転がるホカホカの缶コーヒーを眺めた。
パッケージデザインは人間に人気のメーカーと変わりはない。
ただ・・・
ガーネット色のパッケージの下に書いてある「微糖」の文字が「微血」になっている。
万全のセキュリティながら、ここのとこはギリギリの表示だな。
できることなら、
「トマチジュース」をぐいぐいがぶ飲みしたいところだが、今はダイエット中なのだ。
缶のフタをぷしゅっと開け、口をつける。
新世代のドラキュラになって最初に学んだ革新的な掟は。
ニュータイプのドラキュラとして人間と共存共栄することは、最優先で遵守すべき鉄則なのだということ。
そして。
ドラキュラとなって最初に実感した伝統的な真理は。
あらゆる血液循環機構を備える生き物は、
様々な事柄をその脳が考えてるのではなくて、
実際には血が思考をしているということ。
脳とは、血の考えてる事柄を他者の血とコミュニケーションするための翻訳をしている通訳機にしかすぎない。
我々は実は、液体生物なのだ。
身体というものは、その自我意識を持つ流体がこぼれないように溜めている皮袋なのである。
個としての生命の寿命は有限だが、
血としての生命は世代を乗り継いで永遠に続く。血は、決して途切れることはない。
不死だ。
ゆえに。
このドラキュラの肉体の中に流れている血は、
初代のドラキュラの血であり。
厳密に言えば、ドラキュラになった時点で自分は自分ではなくなり初代のドラキュラとなった。
我が個としての肉体は、初代のドラキュラ様が乗り継いでいる船でしかなくなったわけだ。
人間たちの新世代が昼も夜もなき眠らない夜行性のライフスタイルになってゆくのは、我々ドラキュラにとっては、実に好都合な流れだ。
人間は我々と同じライフスタイルになっていってる。
夜明けまで開いている店がそこらじゅうにあっても、そこへたむろう者がずっとそこでウダウダしていても、誰も不自然には思わない。
深夜にしかできない我々の食事がとても容易となった、恵まれすぎのゆとりを獲得した世代が我々ともいえる。
ドラキュラ用の食料も置いてある店を、我々がいかにして見分けているのか?内緒で教えてあげよう。
「24時間営業」の「4」の字のとこの「+」の部分だけ、色が微妙に濃いのだ。
人間とは異なる波長が見分けられるドラキュラの夜行視力がないと、なかなか難しいかもしれないがね。
あ、ちなみに。
新世代の我々は、もう十字架など恐れない。
人間から直接血液を摂取する必要があったシステムを改変した後、メンタル面でのトラウマだった十字架恐怖症は優秀なカウンセラー(もちろんドラキュラの)が克服法を開発した。
日光が苦手という最大の弱点は、課題としてまだ残ってはいるが。近い将来、新世代の技術がそれをも克服する日が必ずや来るに違いない。
おっと。
そろそろアトリエに帰ろう。
夜明けまでに、急ぎの注文品を仕上げねばならない。
人間の首筋にかぶりつくことを止めた我々が、我々の世界での産業革命あるいは文化大革命を成し遂げ、不老不死を持続しているとしても、この命をなるべく健康的に維持するためには・・・
人間と同じ仕事をしてせっせと稼ぎ、人工培養血液を買う必要がある。
この缶コーヒーのように、カモフラージュされて売られているやつだ。
「とはいえ、ぶっちゃけた話・・・」
何千年も我々を見守ってきた母なる星空の眼差しと向き合い、ゆとり世代な望みをつぶやいてしまう。
口につけた缶を夜空の高さへ持ち上げ、
缶の底を叩いて今夜の晩御飯を最後の一滴まで飲み干す。
「ドラキュラ生活が、こんなスタイルになってしまうと・・・
不老不死の身より、
不労所得の身分が欲しいなぁ・・・
寝てるだけで蔵が建たねえかなあ~ぁ・・・」
(おわり)
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