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Stones alive complex (Scorolite)

オラクルカードに描かれたスコロライトは、
こちらを見つめている錬金言術師の目の焦点へ、自分の焦点を合わせた。

ゆっくりと移動するその焦点を、眼球を動かさずに追う。

カードとは、狭き窓。

しかし。
その窓の向こう側にある時空は、
果てしなく広大。

錬金言術師として会得している特異な焦点は、ちっぽけなその窓から絵柄の世界へと忍びこみ。
彼女はつぶさにあたりを見回して、描かれていない物体や現象を発見する。

例えば。
一脚の椅子だけが描かれているカードがあるとしよう。
その椅子は、どこかにいる誰かが座ってくれるのを待っているように見えるはず。
カードの窓からは見えてはいないが、その誰かは椅子の隣にもう立っているのかもしれない。

こんなふうに。
描かれているものは、描かれていないものの気配をも、まとっているのだ。
描かれているものよりも、
描かれていないものの方が重要な意味を持っている。

描かれているものは当然のごとくいつも同じ絵であり、変化などしないが。
描かれていないものは、カードの向こう側に存在してる独特の時間軸に従って、常に目まぐるしく活動している。

あくびを噛み殺しているみたいな顔つきの錬金言術師の焦点から、じわじわと液体が染み出てきた。
静かに目尻で、ひとかたまりになる。

涙だ。

その涙と同じ成分は錬金言術師の全身からも、陽を反射する水溜まりからもやもやと昇る蒸気みたいに発せられていた。
そして、さらに熱い彼女のソウルの中心もスコロライトは感じる。
そこは聖なる書物を焼いた炭よりもふてぶてしく白熱しており、発禁書が積まれてる隠し本棚よりも背中を火箸で突っつかれる背徳感で満ち満ちていた。

錬金言術師の涙の源が、そこにある。

妙なもんだ。
毎朝、スコロライトは思っていた。

錬金言術師と出会って以来、どういうわけか、涙はすごく熱いものだと思うようになった・・・

それが、今朝も自分へ向けて垂れ落ちてこようとしていた。

涙がカードの上に、ぽとっと落ちる。

慣れた動作でスコロライトは、外からは見えていない腕をキツい角度に曲げて、描かれていないシャーレをつかみ、それを受け取った。

カードへ落ちた涙は、表面を垂れて流れることなく。真綿で吸い取られるように消えた。

描かれている胸から上の静止画は保ったままに、下の方の横っちょでその作業をやるのは、想像以上にしんどい姿勢をスコロライトへ要求した。

スコロライトは、涙をシャーレから体の脇に置かれた描かれてないビーカーへと移し、三脚の下のガスバーナーのツマミを最大にした。
手探りで薬棚の引き出しをいくつか引っ張り、高品質真珠粉、エルフの足跡、アトランティスの地図の5%縮小コピー、クレオパトラの睫毛エクステ、その他社外秘の秘薬をつまんでビーカーへ添加した。

中のものが量子力学次元へ解き放たれた。
沸騰する雷鳴は純白の煙に姿を変え、
スコロライトの足のつけ根あたりで渦巻いた。
カードの外へ漏れ出ないよう、煙を扇いで散らす。
並行して。
ビーカーに浮いてくる薄紫色に変色した上澄みだけをピポットで吸い出し、
試験管に集めて自然冷却させる。

思わず、
自分の熟練の技に惚れ惚れし。
アレイスタ・クロウリーでさえ、膝を折ってビビるほどの笑みを浮かべそうになるけれど、全力で堪えて自分の静止画をキープする。

錬金言術師は、そんなスコロライトをあおるようにカードをひらひら振った。

(まあまあ!慌てなさんな!)

錬金言術師へ、そして自分へ向けて、心の中でスコロライトは独自の金言を言い聞かせた。

(急いては事を仕損じる!
急かなくては事に出遅れる!)

試験管の口からシューシューと優美な高音が聞こえてきて、カードの中の蒸留室にかわいいファンファーレが響きわたる。

その合図で。
スコロライトは試験管の中身を、
排水管へ流した。

カードの角から精錬された薬液が滲み、したたり落ち始めた。

錬金言術師は、息を止め。
それを慎重に手のひらで受け止めた。

それから彼女は顔を上げると、

「ファイトーぉー!!!」

そんな錬金言を喉奥から絞り出し!

「連ー!発ーーっ!!」

・・・的なその金言美容液を。

顎のラインから眼の縁に沿って。

コラーゲンよこの時間の断崖をよじ登れ!
あるべき場所へファイトで戻れ!
とばかりに、
ぱたぱたと手のひらで擦り込んだ。

(おわり)

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