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Stones alive complex (Fluorite in Quartz)



不確かな輪郭にどうやって、はめているのか?
猫用のケージで運ばれてきたそれは、おそらく生き物で、
奇妙な形の首輪が付けられ、そこにはさらに混乱を招くような名前が書かれている。

『觔斗雲』

きんとうん?
って、孫悟空が乗るやつだよね?
この生き物は・・・あの雲なのか?

フローライトインクォーツがうなずく。

「そうよ。
この子は、觔斗雲の子供なの。
参考までに『觔斗』とは『宙返り』という意味なのよ」

ここは湿気が高いから、
この子にはちょうどいいのよと。

フローライトインクォーツが駅前の噴水のベンチの上に置いたケージのプラスチックの窓から、
中でふんわりと浮かぶクッションサイズくらいの雲の様子を確かめてから、素早くそう喋る。

雲の子は、フローライトインクォーツが顔を近づけると甘えた仕草でケージの内側へ身体をというか、綿菓子みたいな塊をというか、水蒸気のモヤというか、とにかく本体をこすり付けた。

「この子は天竺の空で生まれたの。
この子の一族は、西遊記に同行した觔斗雲を祖先に持つ由緒正しき妖気雲の家系だった。
けれども、この子が産まれた世紀は厳しい時代でね。
妖術とか仙術とかがすっかり滅んでしまった近代文明の始まりとともに、
この子の親族たちは、その妖気を失ってゆき、やがて普通の雲になり下がってしまったの。
そして単なる自然現象の雲として、空に漂い霧散していった。
仙術使いを乗せていてこそ、水滴を媒介にできる妖気体としての不思議なパワーを発揮できてたのが、觔斗雲なのよ」

ケージの中で觔斗雲の子が、人の眼の形になる。
その伏せた眼を型どった雲間から、涙の形をした雲がこぼれる。
どうやら、
觔斗雲の子は、こうしたジェスチャーで意思を伝えようとしてるらしい。

その様子を横目で確かめながら。

「この子が、大気に溶け込み流されてゆく親の姿を追って、
初めて天竺の空を越えた向こうに・・・」
とフローライトインクォーツは続け、

「・・・インド洋が広がってたのね。
そこでたまたま海面から宙返りして遊んでたイルカの家族がいて。
気の毒に思った彼らに觔斗雲は引き取られたの。
イルカたちは自然の高貴なエネルギーと調和して素朴に暮らしていた。
この子にとっては、そこのほうが妖気が枯れ果てていた天竺の空での暮らしより、
幼少期の人格形成のエネルギーとして適していたと思うわ。
同じ宙返りの大好きな仲間がたくさんできたし。
でも・・・悲しいかな。
ありがちな展開により、その穏やかな暮しも長く続くことはなかったのです・・・
さて、ここからが。
聞くも涙、語るも涙、色々とツッコミどころも満載の物語・・・」

フローライトインクォーツはボクの前へ向き直り、
大河ドラマのナレーション風な声の後、ちょっとかぶりを振る。
ハンカチの御用意をほのめかして、目頭も軽く押さえている。
ここから本格的にボクの同情をかき立てるつもりの魂胆がみえみえな演出が始まる気配に、ボクは少し身構えた。

「ある暗い夜の晩。
突然シャチの群れが、この子のイルカの家族を襲ったの・・・」

夜は暗いし、
晩は夜だよ。

さっそくのツッコミどころに、
別の意味で目頭を押さえるボクに構わず、
フローライトインクォーツが重々しく言葉を継ぐ。

「それでこの子は、イルカの家族を守ろうと必死で戦った。
家族が逃げ惑う海の空に浮かんでいる事しかできなかったけど、
宙返りで海面の上へ逃げ出そうとする家族を背中に乗せて運ぼうとした。
けれどそれは無意味だった。
できなかった。
なぜなら、觔斗雲には修行を積んだ神仙しか乗れないのよ。
だから、家族を追いかけて水面へ上がってきたシャチどもへ、
猛然と反撃を始めた!」

ケージの觔斗雲はそのシーンを。
下から飛び上がってくるシャチ、
それを上から迎え撃つ自分と形を変形させ、
その時の奮闘ぶりを再演する。

自分の方の姿はこんな風だ。
ギリシャぽい羽飾りのついた兜をかぶった戦士が槍を突き出し、翼を広げた荒鷲の紋章のついた四角い楯を振り回している。
それで下から飛び上がってくるシャチを槍で突き、盾でぶん殴ってる。

フローライトインクォーツは、ここが山場なのですよとばかりに、
戯曲調で叫びだした!

「かのさすらう浜辺の吟遊詩人は!
守るべき者を守る戦いをこう歌った!

歴史の番人たちよ!
その一挙手一投足を時の石版へ刻みこめ!
左の手で、握りしめよ!
雲をつかむようにこの傷だらけの胸の奥なる心臓を!
右の手で、掲げよ!
果てしない世界の隅々まで反響する、この雲行きが怪しい物語にうちふるえる高鳴りを!
天空の神々ですら雲隠れする勇気の物語!
さらには、朽ちない武勇の誉れが輝くこと死にいたるまで!」


フローライトインクォーツが、その戦士の詩で鼓舞するほどに。
その背後のケージの中では、
觔斗雲の槍が風車のごとく回転し、
勇敢な立ち回りに兜の羽根飾りが引きちぎれて、
盾は真っ二つに裂ける。

やがて寸劇を終えたフローライトインクォーツは、
長く息を吐いて間を置く。

「けれど、それも無意味だった・・・
やはり、この子は所詮、雲。
どんなに雲の槍を突き刺そうが、
雲の盾でぶん殴ろうが、
獰猛なシャチへはまったく通用しなかった・・・」

うん。やっぱりだよね。知ってた。

その攻撃は、ボクへもまったく通用しないと思うよ。
気持ちはわかるが、やる前からそれ分かるよね?

「そしてついに!
この子は最後の手段を使ったの。
水蒸気の雲にとっては自殺行為なのだけど、
イルカの形になって海へ飛び込んだのよ。
自分が囮になってシャチたちを、イルカの家族が逃げる方向と逆へおびき寄せようとしたのね!
泳いで泳いで、力尽きるまでどこまでも泳いだの」

言葉を切り、

「そして、意識を失って出雲の海岸へ打ち上げられてる、この子を・・・
女子会帰りのワタシが暗い夜の晩に見つけたってわけ・・・」

えっと。
出雲ということは、
インド洋から島根県あたりまで、
雲にとって致命的な海の中を泳いできたことになるんだよね!?
その無駄に長い距離のとこは、
話の山場的な盛り上がり気分をへし折っても、ツッこんでいい雰囲気な感じ?

ボクのお伺いには答えず。
フローライトインクォーツは、遠くを見る顔つきになり余韻に浸ると、口をつぐんだ。
觔斗雲も、それに習って遠くを見る顔つきではなく雲つきになり動きを止めた。

しばしの沈黙の後、
フローライトインクォーツが口を開いた。

「さてと。
全力で感動を呼び起こす前置きは以上です。
余韻が残ってるうちに本題に入るけど。
今日呼び出してこの話をしたのはね。
ぜひアナタに、この子の里親になって欲しいの!」

えっ?
この子をボクが飼うってこと?
君が飼えばいいじゃん。

「ワタシは、他にも似たような類の妖気な存在をいっぱい引き取ってて、もう手一杯でねぇ。
とくに『不条理の副流煙』とは、キャラがモヤモヤ気体属性かぶりで、相性が悪いわけよ・・・」
探るような目つきをする。

そうなのか。
ボクもどうしたもんかだな。
まてよ!
ボクも修行したら、乗れるかな觔斗雲に?

「觔斗雲には、千年修行した神仙しか乗れないけど。
やってみる価値はあるわね」

觔斗雲は人差し指を突き出した手の形になって、
チッチッチッ、無理無理無理と指を振ってるが。

「まあ、もしチャレンジしたいのならば、これを貸してあげるわ」

フローライトインクォーツは、電話帳くらい分厚い本を四冊出して、ドンとボクの膝に置いた。
背表紙には『神仙入門』とあり。
初級、中級、上級、裏技集とあった。

ん~
微妙だな~
実は、こっちも色々と飼ってるからね。
手一杯なんだよー

ボクのやれやれな顔つきに、
フローライトインクォーツはめげずに畳み掛けてくる。

「それならね!
この子は、なんせ雲だから雨を降らすことは当然できるのよ!
洗車とか手伝えるわよ。
季節がら海水浴へ連れてったら簡易シャワーにもなってくれるし!」

觔斗雲は、ケージの中でザーっと雨を降らすパフォーマンスをする。
これこれ!ここでは止めなさい!とフローライトインクォーツにたしなめられ、
噴水へケージを向けられる。

ほぉ。
まあ、なかなかそれはいいね。
他の特技とかはないの?

觔斗雲が、
スピーカーの形になる。
📢🔊

フローライトインクォーツがそれを通訳する。

「あ!
イルカと一緒に暮らしてる時に、
コミュニケーションとらなきゃいけなかったから、
超音波が出せるようになったそうよ!」

それは・・・使い道が分からんな・・・

觔斗雲は、それならば!という感じで。
羽虫の形になり、
くるくる回ってポトリと落ちるジェスチャーをした。

ん?と。
その真意を計る顔をしたフローライトインクォーツは、
すぐジェスチャーの意味に気がついた。

「それを応用して、蚊とかの害虫や悪霊が嫌う音波も出せるって!」

おっと!
その特技は買いだな!
よし!僕が引き取ろう!

觔斗雲の子は、
ケージの中で、
☁️(・ω・)👍イイネ!の手つきをした。

(おわり)

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