見出し画像

Stones alive complex (Dendritic Quartz)

頂点の位置で停止している観覧車の中から、
次々となぎ倒されてゆく遠いビルの谷間に咲く夜桜を、キミと手を繋ぎ、ボクは見ている。

事象の地平線からはい出てきた怪獣は、平和な街を瓦礫の山と変えながら数分後には、来園者の避難が完了したこの遊園地までたどり着くだろう。

誰もいなくなったムーディハニーランド。
キミとボクだけが、あの教科書どおりな反社会的で異常なサディズムの目撃者だ。

「運命では説明できないキミとのこの幸せが続くかぎり、ボクは無神論者だよ」

そのささやきにも反応せず・・・
キミは観覧車の窓へほっぺたを引っつけ、
涙の水滴でフリージャズの音符を業火に照らされたガラスへ記譜している。

「キミのその涙の痕跡をたどって、ボクはこの場所まで来れたんだからね・・・」

まるで桜の精だよキミは。
ボクの指先は、光の万年筆となってガラスの四分音符を四分休符に書き換える。
光らないことによって、光の万年筆などではない事実を主張する指先。
その主張を、虚ろに肩を寄せ見つめるふたり。
その涙で湿らされた指の先端は、「渇望」をテーマとしたアートの一部だ。何に対する渇望かは、救世主でも永遠に分からないけれど。

ただ。
このデンドリティックな骨組みをした観覧車の中だけは。
怪獣によって破壊されゆく街からも昇華した、いわば精神の治外法権なんだという確かさがある。

恐ろしい怪獣は、足元へうかつに走ってきた終電の列車を持ち上げて、ヌンチャクみたいに振り回し、今年最後の夜桜を舞い散らせた。
そのドラマティックなビジュアルすらも。
このハートフルな空間からは、まるで絵空事のような、他人事のようなビジョンに映る。

突然!
ヘリコプターの轟音がして、観覧車が激しく揺さぶられた。

「ミリガンくーーん!!」

ヘリコプターの拡声器から御茶ノ沼博士の声が響いた。

「ついに完成したよーっ!
なんとか組み立てが間に合ったーっ!」

ヘリコプターから吊り下げられた巨大なロボットが、観覧車の真横へ近づいてくる。

「ついに来たか!
百王よ!!」

ボクは武者震いして現実へ戻り、観覧車の扉を開ける。

ヘリの爆風が吹き込み長い黒髪をかき乱されたキミはようやく我に帰って、今夜初めての言葉を発する。

「百王・・・?
あの不格好なロボットのその名前は、
もしかして百獣の王をもじったネーミングなの?」

キミからの嬉しい問いかけに、指先をちっちと振る。

「違うよ。
あの無敵ロボットは、すべてのパーツが百円均一商品で造られている・・・
人型決戦百円均一兵器さっ!
名付けて『百王』!
正しい読み方は、
ヒャッキング!」

お茶の沼博士が、急げ!急いで乗り込むんだ!あの怪獣がもうそこまで来ている!という風に手を振り回し、ボクを呼ぶ!

「ギリギリになってすまないミリガンくん!
木工用ボンドの乾き具合が思いのほか遅かったのだ!
各パーツの接着部分はまだ少し柔らかいが、これはなんともし難い百均クオリティだから大目に見てくれ!
それと大事な連絡事項が一点ある!
キミが連れ去ったその主治医の女医さんは、家族から捜索願いが出されている!」

観覧車の下には赤いランプをくるくる回したパトカーが集まってきていた。

ボクはキミの目をみつめ、その深遠な空洞へ微笑む。

「ボクらは何度でも初対面のように巡り会ってきた・・・自分の意思なんかじゃ決められない定期的な予約がされた診察室で」

もう一度だけキミの手を握ろうと伸ばしたボクの手を握ろうとはせず、キミは観覧車のつり革にしがみついた。

「キミは知っているかい?
永遠に消えることのないこの胸の激しい高鳴りを難しい心理学用語で『散ることのない恋』って言うんだよ・・・
じゃあ。
たぶんこれで、
散ることのない恋にもチャオだ!」

ボクは観覧車から飛び降り、
百王の肩に着地した!

観覧車の扉からボクを追うように突き出した彼女の口が、ぱくぱくと動く。

「専門家の見地から、ここだけは訂正させて!
アナタのその胸の激しい高鳴りは難しい心理学用語で『認知のゆがみ』って言うのよ!
ワタシのことは忘れてもお薬の服用だけは忘れないで!
主治医からは以上です。
どうか、お大事にー!」

彼女のその最後のメッセージは、ヘリコプターの爆音で途切れ途切れにされたが、

「フォーエバーに・・・変わらぬ愛をアナタのデンドリティックハートへ・・・イージートゥ・・・フォーリングラヴ~♥」

という哀願に聞こえた。

ボクはそのインスタ映えするローアングルからの彼女の表情へ万感の投げキッスで応えると、
素早く百王のコクピットへ乗り込み、戦闘モードへ気持ちを切り替える。

すかさずお茶の沼博士が、
ヘリコプターから百王を切り離す。

百王は観覧車の下に集結していたパトカーをまんべんなく踏み潰して、地響きをたて大地に着地した。

テキパキと洗濯バサミで造られたいろいろな起動スイッチを入れる。

「巨大ロボットもんネタならば!
とりあえずはお約束どおりのロケットパンチをお見舞いしてやる!
覚悟しろ!
事象の地平線から現れいでた怪獣め!」

針金のハンガーでできた右側の操縦桿を力いっぱい前へ押し出す!

ぼしゅっ!

百王の右腕が胴体から分離された次の瞬間、
右腕の付け根に木工用ボンドで接着されている数千個の百円ライターが点火された。

ぼぼぼおぉーーーっ!!!

ゆる~~~い放物線を描いて、ロケットパンチは怪獣へと飛ぶ。
怪獣のもこもこしたウロコに覆われた甲羅へスローモーションで激突すると、物の見事に粉々にした!ように見えて、物の見事に粉々に砕け散ったのはロケットパンチの方だった。

「ぐぬぬうっ!
お約束と・・・違うっ!」

現実は、お約束どおりにはゆかない。
奥歯を噛み締めてボクはそのリアルな現実をも噛み締めた。

ヘリコプターが百王のコクピット前へ飛んできた。
ヘリコプターの足にぶら下がってた博士が、コクピットをカバーしている魚焼きグリル網へ飛び移ってくる。

「ミリガンくん!
大事な連絡事項がもう一点あった!
おそらくあの怪獣のウロコは、500円商品のフライパンでできている!
だからこの百王の武器で破壊するのはクオリティ的に不可能なのだ!」

「なんですってー?!
あの百均業界では掟破りな100円じゃない商品で生み出されたルール無用の怪獣なのですかっ?
しかもハイクオリティの500円製だなんて・・・
オーマイガーッ!by無神論者。
それ、早めに言っといてくれんと博士・・・」

(おわり)









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?