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Stones alive complex (Cantera Opal)

左心室へ通じる弁が、ドクンと音をたてて開いた。

心房の中で、
弾力のある壁に体をぴったりと寄せて一息つくカンテラオパールの足元には、配電盤を保護していた透明のプチプチカバーやら、動力ケーブルを搬送してきた結束バンドの断片やらが散らばっている。

「左心室の起動準備は、これでよし!」

カンテラオパールはラジオペンチをカチカチ鳴らして、複雑な作業手順で繋げた動力ケーブルの仕上がりに満足した。

開放された弁の扉から覗ける隣の右心房は、設計図とまったく変わらないコントロール設備が広がっているように見える。
あっちは起動準備が手付かずだから、まだうす暗く殺風景でがらんとしている。

二心室二心房とは違って、
二心室一心房の間取りは、構造が単純だからとっても有難いわ。
助かるー。

右の脈動は忘れないための鼓動~♪
左の脈動は忘れるための鼓動~♪
そう調子よくハミングする。

電源まわりのスタンバイは、上出来!

カンテラオパールの全身へオレンジ色のランプが、ブーンという低い音とともに電力供給アイドリング中の色を照り返した。

ここは、
予備の心臓。
間脳の隙間に隠されている。
まさかの時のために備え付けられているものだ。
まさかの時って、どんな時かって?
そんなとこまでは、まだ筆者も思いついてない、くらいのまさかの時だ。

この予備心臓のセッティングが完了すれば、脳みそ専用の血液循環ポンプが準備されることになる。
車でいうと、タイヤの内部にも、ひとつづつエンジンが追加されるような駆動力となるのだ。

「さてと・・・」

カンテラオパールは、反対側の心室に続く壁際に立った。
あっちには各種コントロールの設定を行う、シフトレバーやハンドルの働きに相当する機器が設置されている。

深呼吸して、
自分の落ち着き具合をカンテラオパールは確かめた。

そして、手の工具を意味ありげに見つめ、静かに自分へ念を押した。

「カンテラオパール、今回の作業目標は通常起動までよ。
余計なオプション設定は、なし!」

カンテラオパールは工具を構えたまま、ぴくりとも動かない。

「でも、起動の整備さえ完璧にすれば・・・」

カンテラオパールは、微かな笑みを浮かべて言った。

「多少のオプション設定を追加しても危険はないはずだけど・・・」

カンテラオパールの指が内向きに強く握られ、
工具の柄がきしんだ。

「いやいやいや!
ちゃんとノーマル仕様のままでの起動を確認しとかないと!」

カンテラオパールは心臓弁の扉の境目から、
慎重に隣の心室の静まりへ目を向けた。

その静けさが、カンテラオパールを手招きしている。

「あくまでもメインは肋骨の中の方の心臓!
こっちはそれの補助なのよ!サブなのよ!サブちゃんのサビは、へいへいほーなのよ!
でも・・・
こっちがメインとなるように、設定値を変えれば。
脳の稼働率を3パーから100パーにすることも充分可能になる!
あはははっ!そうなったら何が起こるのかしら?すごく楽しいことかも!」

いやいやいやいや!
カンテラオパールはすぐ首を振る。

「いろいろ好奇心旺盛なところがあるのはわかるわ自分。
けれど、今日は特に!これまでの仕事の心得を噛み締めておくの!
それはハートメンテナンス管理の仕事のことだけじゃないわ!
自分の生き方全般にも通じているものなのよ!」

カンテラオパールの頬がかっと熱くなった。
それはカンテラオパール個人の、まさかの時のためのアドレナリン放出によるものだった。

カンテラオパールは、まとまり切らぬ思いのたけをぐっと飲み込み、代わりにこう自分を諭した。

「そうよね。
誰よりも、とにかく自分をがっかりさせないようにしましょう。
そして・・・えっと・・・
どちらを選べば、私はがっかりしないのかしら?」

考えが混乱してゆくうちに、
上司であるアメジストのキツい表情が頭によぎった。
けれど、
それも判断の混乱を収める材料にはならなかった。

「ああ、それはワタシは心配していない。
あのアメジスト部長代理は、
ワタシを定時後の飲み屋に連れこんでこんこん説教してきても。『ほんとアンタって、私のやんちゃな若い頃にそっくりなのよねぇ』とかなんとかなカッコ苦笑いのお叱りになるだけ。
この好奇心の罠の入り口は、その程度のリスクではぜんぜん閉じようとしていない・・・」

万が一。
今回こそ、上司からめっちゃにマジ怒りされようとも・・・

「この予備心臓には!
単なる予備以上のものが潜んでいる予感が止まらないわけなのよっ、自分っ!!」

ええい!ままよ!
と、カンテラオパールは。

やるか、やらないかどちらかに決め。
その選択の勢いに乗って右の心室へ飛び込み!
どちらかの作業を手早く済ませると、左の心室へ駆け足で戻ってきた。

どちらにしてきたか?にしても、
とてつもなく息が荒かった。

どちらにしたかの最終判断が揺らがないようにと、まだまだ勢いは殺さずそのままに。

配電盤の心房起動パネルへと。
カンテラオパールは電撃ショック型イグニッションキーを差し込み、気合つけてガチャコンと回した。

(おわり)

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