見出し画像

Stones alive complex (Blue Sugilite)

「こういう時は・・・
お米と米コウジと、それに夏崋山の湧き水などを原料として発酵させたものを、
丹念にこして造った霊水が大量に必要なのよね・・・」

おそらく膨大に溜まっているであろう、
拘束フィルター層が吸い込んでる拘束ジレンマノイズ渦流が、
そこに介入する者側へ逆流してくるのを緩和するため、その霊水は不可欠だ。
これの周りの『時系場』にも、自分の心中の『生命磁場』にも。

もちろん、うっかり見つけてしまっただけの、
通りすがりのブルースギライトは、その霊水を持ち合わせてはいなかった。

したためる文を冷えた夜風にさらす文月(ふみづき)から、
萌え葉が紅葉を始める葉月(はづき)までの時系列区間のみを担当する、
黄道の巡礼者であったからだ。

「これは夜長の長月(ながつき)以降を担当している者が見つければ良かったのにな・・・
彼女らならば、霊水はたんまり持ち歩いているから。
時系場の浄化用よりも、夜長の友の趣向用として・・・」

クリスタルの巨石が地表から、鬼の角の様相で突き出ていた。

いや、この時代のこのタイミングだからこそに、
地中から突き出されてきた、と言うべきか。

1970年代あたりの型が持つ特徴的な可変式のシールドが、
編まれたウロコ状にそのクリスタルのシェルター表面を覆っている。

スギライトはシールドの表層磁場を縄文字の袖で撫でてみる。
たいしたことは起こらなかった。
安堵の色を目尻に浮かべ、
次の季節の担当者へ申し送るために、
このシェルターの開閉ロック機構くらいは調べておこうとした。

ちょうどそのとき。
まやかしの霧のごとき蒸気がクリスタルに起こり。

素朴な力強さのある少年が二人、クリスタルシェルターの裏側から現れた。
スギライトの衣との間をかすめるようにすり抜け、何も言わずシェルターの前に立ち並んだ。

少年たちは、黄鉄鉱色した長くふっくらした布をだぶだぶと着ている。
まったく同じではないが、チベット人が着ていそうな衣服だ。

「あらあら?」

スギライトは、軽く驚いて一歩下がり、
少年たちと視線を合わそうとかがんだ。

勝気そうな顔つきの下で、はだけた布からのぞく少年たちの胸には、
『甲ノ壱号』、『甲ノ弍号』と古代の文字で刻印がされていた。

このシェルター内部の存在から枝分かれした派生人格が、
ふたつもゴーストになって外部へ漏洩しているの?!
かなり珍しいケースねえ、とスギライトは思い、さらに考えた。

シェルターの中にいるであろう派生元でオリジナルの『内奥の子供人格』は、
それほど切羽詰まって出たがっているということだわ。

そうならば。
このシェルターの中には、「甲ノ零号」と刻印されたイノセンスがいて。
刻印の型式からすると、
ウヤマ系統のトゥトゥ種と思われる・・・
経済の高度成長期に、止む負えず埋没させ避難させるしかなかったエスニックスピリットの原型か。

しかし、アマル系テルア種の解除ならワタシにも勝手が分かるのだけど。
やはりここは、経験豊富な長月の担当者に任せることとしましょうっと・・・

「アナタたちのことは、ワタシの後から来る者へちゃんと引き継ぎ連絡しておくから、
秋頃まで、我慢して待ってなさいね」

そうスギライトが声をかけると少年たちは、
両袖の布をひらひらとはためかせたり、胸元をかきあわせたり、
大きくその場飛びの足取りとかの動きを始めた。
お前が今すぐやれよ!の猛烈なアピールのつもりだ。

スギライトは、それへは微笑ましげな顔のみ~の、
さりげなノーリアクションから~の、
そそくさに立ち去り~の・・・しようとしたら、
『甲ノ弍号』がスギライトの衣を速攻つかみ~ので、ぐわしと引っ張った。

ひょうきんに背中を丸めた『甲ノ壱号』の方は、
逃げ道をふさぐつもりかスギライトの回りをぐるぐる跳ね回る。

「おい、おい、小猿たち!
ワタシは霊水の準備も、神妙な心の準備もできてないの!
次はもっと優しげなお姉さんが来るから、おとなしく待っていなさいっ!!」

弍号が、胸元から深紫の石でできた小壺を取り出し、
お尻のあたりの布で拭いてから、スギライトへと差し出した。

「ん・・・?
霊水は用意していたの?
変に気が利くんだけど・・・そそのかしても無駄なのよ」

スギライトは聖水のクオリティを確認するために、その小壺を受け取りひと口飲む。

「な、な、なっ!なにこれ!
めっちゃうめぇーっ!
ちょー極上品じゃないの!
どんだけ丹念に醸造したらこの深っけぇコクと辛味がでんの?!
初めて呑んだわこのクラスをっ!!」

そのまま、ラッパでぐびぐびいく。

壱号が、スギライトのふくらはぎをガン!と蹴る。

「痛てっ!
いいじゃないのさ!
崇高な儀式の前には、
ワタシ自身がまず徹底的に清まらなきゃ、
この話は1ミリも進まないのよっ!」

スギライトは飲み口から唇を離さずに、
なにげに葉月の季節方向へ小走りした。

その時系列の道に沿って、
どこかはしゃいだ顔つきもしながら、
猛然と追いかける『甲ノ壱号』と『甲ノ弍号』

ふたりから逃げようとジグザグに反復横跳びするスギライト。
発酵成分が全身の血管へ回った状態での激しい運動のせいで、
彼女の肌は高揚してみるみる赤らみ。
黄道も息を荒くした。

・・・

スギライトと派生人格のゴースト少年たちは、まだ気がついていないが。

彼女らのこの狂乱の振る舞いが上昇させる、この『時系場』のテンションこそが、
シェルターを開放するに欠かせない波動要素なのであった。

クリスタルシェルターの中の子は、
うるせーな的な寝返りの鼓動をし始めた。

(おわり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?