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映画ノート⑭ 『海辺の映画館―キネマの玉手箱』~「戦争は絶対にしてはならない」とのメッセージが込められた大林監督の遺作

大林宣彦監督の遺作となった『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は、監督の映画人生の集大成的な作品だった。

ロジェ・ヴァデムの耽美的吸血鬼映画『血とバラ』(原作ジョセフ・シェリダン・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』)にオマージュを捧げた最初期の自主製作映画『EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ』以来培ってきた映画への愛、晩年になって更に顕著になる反戦思想、戦争映画に対する批判、怪奇幻想映画趣味、アバンギャルド的手法など、映画キャリアの全てを注ぎ込んだ驚異のパワーに満ちた渾身の反戦映画。

『血とバラ』(1960)の初公開当時、物議をかもした有名な温室のシーンでのカーミラ(アネット・ヴァデム)とジョルジア(エルザ・マルティネッリ)。       床に落ちたバラの花が急速に色褪せる。

映画の中に入り込んだ戦争を知らない現代の若者(=観客)に幕末戊申内戦以来の日本の戦争の歴史を体験させていくという手法が斬新であり、所々で挿入される中原中也の詩も各場面の主題を象徴していて、効果的だった。

映画の中で様々な体験をする三人の若者の名前がなかなか凝っていて、映画好きならここでニヤリとすることだろう。眼鏡をかけたインテリ風の歴史映画マニア鳥鳳介はフランソワ・トリュフォー、僧侶の息子でチンピラの団茂はドン・シーゲル、そして、映画の中で希子と恋仲になる主人公馬場毬男はマリオ・バーヴァといった具合。

ただし、トリュフォーやシーゲルは知っていても、マリオ・バーヴァについては、かなりの映画好きでも「この人誰?」という人がほとんどだろう。

マリオ・バーヴァは知る人ぞ知るイタリア怪奇映画界の巨匠で、1960年の『血ぬられた墓標』から遺作の『ザ・ショック』まで生涯怪奇映画を作り続けた監督。特にバーバラ・スティール主演のスタイリッシュな映像美に満ちたゴシック・ホラー『血ぬられた墓標』と英国ハマー・プロの高名なドラキュラ役者クリストファー・リーを主演に迎えて制作された『白い肌に狂う鞭』(ジョン・M・オールド名義)は、怪奇映画の傑作として今日でも高く評価されている。

こんなところにも大林監督の並々ならぬ怪奇映画愛がさりげなく隠されていて、何だか嬉しくなってくる。

また、『人情紙風船』(1937)の完成直後に召集、中国大陸に動員され若くして戦病死してしまった山中貞雄、山中貞雄の親友で同じく中国戦線に従軍した小津安二郎、戦時中、日本映画史上不朽の名作『無法松の一生』(1943)を撮った稲垣浩、戦時中は米軍の戦争記録映画を撮っており、ミッドウェー海戦で負傷した経験もあるジョン・フォードなど、敬愛する先輩監督たちへのオマージュも忘れてはいない。

もっとも、最初の一時間弱は、商業映画第1作『HOUSE ハウス』以来の特撮コラージュ等を多用したハチャメチャSF ミュージカル・コメディ風の相当癖のある演出に正直かなり辟易した。これを後2時間以上も見せられたらたまらんなあと。

しかし、日中戦争に突入したあたりから時間が気にならなくなり、中国への侵略戦争、日本軍による沖縄住民への残虐行為、広島でのさくら隊の被爆へと話が進む内に、気が付いたら完全に大林ワールドに引き込まれていた。これぞ大林マジック!

大林監督にゆかりのある俳優たちが総出演、ありとあらゆる映像テクニックを湯水のように注ぎ込み、映画は一見するとさながら玉手箱ならぬおもちゃ箱をひっくり返したようなごった煮のカオス状態。

しかし、その中から「戦争は絶対にしてはならない。」「反戦映画以外の戦争映画は作るべきではない(戦争映画は国家のやくざ映画みたいなもの)。」「過去の歴史は変えられないが、映画で未来は変えられる(未来の平和を作る映画の力)」などの監督のメッセージが、言葉だけでなく映像を通して次第にくっきりと浮かび上がってくるのは、最早「お見事!」と言う他はない。



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