見出し画像

一葉の写真


新聞に素敵な話が載っていた。


戦前から戦後にかけて撮られた大量の白黒写真を人工知能(AI)でカラー化する『記憶の解凍』プロジェクトがまとめた写真集が今年夏、出版された。写真集のタイトルは『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』。私たちが白黒写真を見る時にはいかにも昔な感じがして、自分とは無関係な遠い過去の世界に思える。そこに写っている風景や人物が、知っているものであっても遠くに感じてしまう。


ところがこのプロジェクトで写真が色付けされると、同じ写真でも懐かしい風景や見知った人に感じられるようになる。この写真集の中に収められた1枚の写真、そこには


原爆投下の翌年、広島市のデパートの屋上から焼け野原を見つめる男女

が捉えられていた。写真集に携わった東京大大学院の渡邉教授によりこの写真は2年前にTwitterで紹介された。そのおかげで撮影者(共同通信記者)や撮影場所の特定につながった。“平和の尊さや未来への希望に思いを巡らせるコメント”が寄せられ、若い世代が“戦争を自分のこととして議論を交わす”きっかけにもなったようだ。


しかし、そこに写った男女が誰なのかはわからなかった。

そして今年、写真集の出版がきっかけで、そこに写っているのが自分と気付いた男性が名乗り出た。広島市に住む、川上清さん90歳。知人から写真集を見せてもらい、偶然自分を見つけた。

「写っているのは私と後に結婚した妻」
「(撮影は)瀬戸内海の島の名前を教えよった時じゃと思う」

原爆による被害のすさまじさと、若い男女(この時お2人は16歳)の対比が、復興への不安と未来への希望を物語る。まだまだ復興が進まない街でデートしようにも行く所がなくて、それでも一緒にいるだけで楽しかったんだろうな、そんなことを想像させる写真だ。島の名前を教えてた時だったなんて、ロマンティックだ。


この日は共同通信の記者以外にももう1組撮影隊がいたという川上さんの証言を渡邉教授らが裏付けをとり(米国立公文書館に同じアングルの動画があって、川上さんの証言と一致)、被写体が川上さんであると判断された。一緒に写っている奥様は残念ながらお亡くなりになった。川上さんはこの写真を見て「亡き妻との思い出がよみがえる」「90歳まで長生きしたおかげ」と喜んでいる。


戦争体験者は年々減少し記憶が失われつつある。遠い過去をイメージしてしまう白黒写真をカラー化することで、戦争の記憶を身近に引き寄せ、次の世代へと伝えていくことにつながりそうだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?