映画とスタバ
「ねえ、今度の日曜日、映画を観に行かない?」
と僕は彼女を誘ってみた。
やってみた企画、みたいなノリだ。
いや、違う。ユーチューブだとかなんだとか僕はやっていないし、それは単なる気まぐれでしかなかった。
「え、何でよ?」
と彼女は驚いた表情をして僕を見た。そりゃあそうだ。そうなるよね。想定内だ。その通り。それが正解。だって彼女とはろくに話をしたことがないのだから。
「いや、ただ映画を君と一緒に観たいと思って」
と僕は続けた。
「映画は観るけど何であなたと一緒に観にいかないといけないのよ? 私は一人で映画観るのが好きなのよ」
と彼女は答えた。
「僕もだけど」
と僕は言う。
「え?」
「僕も一人で映画を観るのが好きなんだけど」
「じゃあ何で誘うのよ?」
「なんとなく」
「なんとなくって何よ? なんとなく滝川クリステル?」
何だか色々混じっていて意味不明な返事は、彼女の困惑した心の中を表している。なんとなく苦労してる。
「私はちょっと後ろの方の席で見下ろす感じで映画を観るのが好きなのよ」
と彼女は言った。
「僕はちょうど目線がまっすぐになる位置の席が好きだ」
「じゃあ隣にはならないわね」
「そうだね」
「じゃあ一緒に行く意味ないよね?」
「そうだね」
「映画を観たあとにスタバ行くでしょ?」
僕は話題を変えた。
「行くけど」
「僕は奥の方の席が好きなんだよね」
「私は窓際の席」
「一緒に行かない?」
「何でよ? 一緒に座らないんだから、一緒に行く意味ないよね?」
「そうだね」
「じゃあ、そういうことで」
会話は終わった。
次の日曜日、僕は映画館に映画を観に行った。そこで彼女の姿を見つけた。
やっぱり来た、と僕は思った。彼女は一人だった。別に誘わなくたってよかったのだ。どうせ同じ映画館に来るのだから。
僕はいつものように中央の席に座った。少し遅れて彼女が劇場に入ってきた。彼女が通路を歩いてゆく。彼女の席は少し後ろなので、僕が座っている席を通り過ぎる。彼女は僕のことを見ない。彼女は一人が好きなのだ。
映画を見終わると、僕は近くにあるスタバに行った。季節のフラペチーノを注文し、店の奥の席に座った。
彼女はコーヒーとケーキを注文し、窓際の席に座った。
店の奥に座る僕と、窓際の席に座る彼女の目が合う。
彼女はあからさまに嫌な顔をして、立ち上がった。
僕は彼女の様子を目で追う。
彼女はトレーを手に持って僕の方に歩いてくると、僕の目の前の席に座った。
「おかしくない? なんかおかしくない?」
彼女は不満そうにそう言った。
「うん、なんかおかしいよね」
僕は答えた。
「ストーカーとかじゃないよね?」
「うん、ストーカーとかじゃないよ」
「別々だよね。私達別々だよね?」
「うん、別々だ」
「おかしくない?」
「うん、おかしいよね」
「何でこうなるの? 欽ちゃん?」
「欽ちゃんでもないよね」
「そうよね」
彼女はふう、とため息をついた。
僕と彼女は向かい合って、それぞれの飲食を楽しんだ。
僕はフラペチーノを飲み、彼女はコーヒーを飲みながらケーキを食べた。
何だか変なムードのままだ。
「ねえ、あなた映画のフライヤーを集めていたわよね」
ケーキを食べ終わった彼女は、ふと思いついたように僕に話しかけた。彼女も映画館で僕を見かけて、僕の行動を観察していたようだ。
「うん」
僕はうなずいた。
「それ、見せてよ。私は鞄に入らないからフライヤーはもらわないのよ」
「うん、いいけど」
僕は映画のフライヤーをカバンから取り出して、テーブルの上に並べた。
「こんど、どの映画観たい?」
と彼女は僕に訊ねた。
「そうだなあ」
僕は悩む。
「ねえ、せいので指さしましょうよ。どの映画が観たいか」
彼女が提案する。
「うん」
「ねえ、決まった?」
「うん」
「じゃあ、せーの」
僕らは同時に観たい映画のフライヤーを指さした。
同じ映画だった。
「また一緒になりそうだね」
僕はそう言った。
「別々だけど一緒」
彼女が答える。
「何か変だね」
「何か変よね」
「ねえ、今度は一緒に観に来ようよ」
僕がそう言うと、彼女はにっこりと微笑んでうなづいた。
「どうせ別々だけどね」
おわり。
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